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【榊淳司 マンション業界の秘密】繁栄「六本木」「代官山」にあって、衰退「ニュータウン」にないもの (2/2ページ)

 代官山(同)が今日のように人気とステイタスを備えた街になった過程は、かなり興味深い。

 代官山も戦後のある時期まで普通の郊外だった。1967年、このエリアの大地主である朝倉家が建築家の槇文彦氏に集合住宅の設計を依頼したことによって、ヒルサイドテラスの歴史は始まる。

 その後、四半世紀の年月をかけてヒルサイドテラスが建設されていった。「代官山がおもしろい」ということで、次々とコスモポリタンな建物ができ、時代を先行く店舗が集まり、クリエイターたちが好んで住む街へと発展した。

 代官山は半ば人為的に形成されたが、発展の過程は自然発生的だ。

 これに対して、ほぼ100%人為的な街づくりもある。分かりやすい例ではニュータウンだ。多摩や港北、関西なら千里や泉北などのニュータウンは、いかにも人の頭の中で隅々まで描いた、という印象が強烈だ。

 私が見る限り、こういった「上からの開発」で魅力的な街並みが形成できているケースはほとんどない。できたばかりの頃は先鋭的で秩序のある街並みが印象的だ。しかし、どれもこれも20年も経過すれば色あせて見えてしまう。

 東京も大阪も、そのコアなエリアは自然発生的に繁栄してきた。時に人為的な要素がきっかけになって街が発展することもある。しかし、街づくりのすべてを人為的な力に委ねると、生きものとしての街の生命力は弱くなる。そのことはニュータウンの衰亡が実証している。

 ■榊淳司(さかき・あつし) 住宅ジャーナリスト。同志社大法学部および慶応大文学部卒。不動産の広告・販売戦略立案・評論の現場に30年以上携わる(www.sakakiatsushi.com)。著書に「マンションは日本人を幸せにするか」(集英社新書)など多数。

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