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シャイだったはしだのりひこさん、知られざる素顔 同志社時代は学校サボってプロモーター活動 (1/2ページ)

 今月2日、パーキンソン病のため、72歳で死去したフォーク歌手、はしだのりひこさん。5日には京都市内で通夜が営まれ、多くの音楽仲間やファンが最後の別れを惜しんだ。かつて取材で知ったはしださんの知られざる素顔を、ライターの中野晴行氏が振り返る。

 はしださんに直接お会いしたのは、かれこれ20年前。当時、産経新聞関西版の夕刊で担当していた「関西フォークの20年~昨日の想い出~」という連載記事の取材で、京都のご自宅を訪問したときだった。

 連絡先などを教えてくれた知人からは「はしださんは難しい人だから」と聞かされていたが、開口一番「なんでも聞いてください」と言われて驚いた。はしださんは、奥様の入院をきっかけに「専業主夫」となった顛末を書いた『お父さんゴハンまーだ』(1986年・教育史料出版会)がベストセラーになり、教育関係の講演や取材、執筆依頼が続いていた時期。フォークについて語ることができる取材をとても喜んでいた、とのちに奥様から聞かされた。

 お話をうかがって驚いたのは、「同志社時代は不良学生。学校をサボって京都で学生バンドのプロモーターみたいなことをやってました」というひとこと。大学在学中に仲間たちとドゥーディ・ランブラーズというカントリー・バンドを結成する一方、学生バンドを集めたコンサートの企画・運営・主催者として活躍していたのだ。

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