記事詳細

【ぴいぷる】「母を一生守る」藤真利子が神に誓ったあの日 亡くなる直前の父からかけられた言葉とは… (1/3ページ)

 関東大震災の翌年の1924年、東京・築地に生まれた母、静枝さんとその3年前、同じく本郷生まれの父との間の一人っ子…のはずだった。だが、父が母に一目ぼれし新居を構えたとき、父にはすでに妻と2人の子供がいた。

 やがて両親は結婚に踏み切った。藤さんの幼い頃の子守歌は、ジャラジャラと家中に響くマージャン牌の音や父と客人たちの大きな笑い声。ところがある日、その両方が消えていた。

 「父の心はもうママにはなかった。父には私たちが邪魔な存在になってしまったんです。でも…」

 黒目がちの目がまっすぐこちらを見つめてくる。

 「今なら分かる。妻以外に好きな人ができる、人間ってそんなことってあると思う…仕方のないことなんです」

 父とは藤原審爾(しんじ)。52年、『罪な女』他で第27回直木賞を受賞した作家ということは多くの人の知るところだ。

 「普通とはいささか違う生き方、家庭環境でした。父が消えたというのに母と引っ越した家は部屋数も多く、大きな洋間があったり、お手伝いさんがいたり。日舞にピアノと少しぜいたくな環境で、これも普通の生活感覚を遠ざけた一因だったかも。父の不在に対してママの意地と頑張りが作り上げた環境の中に私はいたんです」

 忘れられない日があると言う。父が、女性と暮らす家に母を連れて行ったときのことだ。父は現実を見せつけた上で「帰れ」と母を突き放し、母娘は泣きながら父の家を後にした。

zakzakの最新情報をSNSで受け取ろう

関連ニュース