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女とバクチ“破天荒”人生…月亭可朝さん秘話 「嘆きのボイン」を大ヒットさせる一方で、野球賭博、ストーカー事件も (1/2ページ)

 破天荒で、自身のバクチや女もネタに取り込んだ希代の落語家、月亭可朝さんが3月28日、急性肺線維症のため兵庫県の病院で死去した。80歳だった。コミックソング「嘆きのボイン」を大ヒットさせる一方で、野球賭博事件、ストーカー事件など、ニュースでも世間を騒がせたが、すべてを笑い飛ばして旅立った。(中本裕己)

 晩年もカンカン帽にギターを抱えて高座に上がることがあった可朝さん。寄席が“悪所”の一面を持っていた頃の空気を今に伝える唯一の落語家だった。

 関西笑芸に詳しい演芸評論家の保志学さんが語る。

 「可朝やんが、『嘆きのボイン』で売れた昭和40年代は、(笑福亭)仁鶴が“エロ仁鶴”、(桂)三枝(現・六代文枝)が深夜放送などで自分の芸をマスコミに乗せ有名になることに懸命でした。彼も『並みのことをしとったんでは、売れへん』とカンカン帽にちょび髭で『ボインは~赤ちゃんが吸うためにあるんやで~』とやって、誰にも真似できない笑いを生み出しました」

 売れまくった勢いで、参院選に2度立候補し落選。可朝さんは後年、高座でネタにした。

 「わしが当選した暁には、『一夫多妻制の導入』と『風呂屋の男女の仕切りをなくす』と言うたらえらいご婦人方に怒られた」

 野球賭博での逮捕歴もある。

 「『次の角から出てくるのは男か女か賭けよう』と持ちかけられた、と楽屋話になるほど。競艇に行っている間に自宅が火事になったのも有名な話です」(保志さん)

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