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【高須基仁 人たらしの極意】川端康成、三島由紀夫も通った「青い部屋」が生まれ変わった!

 東京、大阪でライブハウスを次々と展開するロフトプロジェクトが9店舗目の「ロフトヘヴン」を青山学院に近い渋谷2丁目で始めた。長い付き合いの席亭でオーナーの平野悠に誘われ7月13日のオープニングイベントに立ち寄った。

 私にとってこの場所は感慨深い。かつてシャンソン・バー「青い部屋」があった。亡き江戸川乱歩賞作家で、歌手の戸川昌子が長らくママを務めていたのだ。

 業界関係者を前にマイクを取った私は、つい店の由縁を語った。

 「『青い部屋』のVIPルームには川端康成も三島由紀夫もほろ酔いで現れた。私が何歳だったかは、あえて言わぬが若造同士だった元キャロルのジョニー大倉とぶどう酒を飲んだ」

 「戸川さんが晩年、経営に行き詰まったとき、ジョニー大倉と加勢にいきロックライブで得た木戸銭を餞別にしたのだ!」

 私から見れば、ほとんどが若者の関係者。ぽかんとして聞いていたが、ミュージシャンのサエキけんぞうが「高須さん、良い演説でした」と白ワインのグラスを私に差し出した。

 「青い部屋」は2010年に閉店。その後、ライブハウスが営業していた。私は戸川が店を後にしたときの言葉を思い出していた。

 「高須君、終戦の日に、私が防空壕の穴から見た真っ青な空は、平和の象徴だったのよ。だから店の名前を『青い部屋』にしたの」

 席亭の平野も私も古希を超し、戸川もジョニー大倉も川端や三島と同じ世界に旅立った。

 平野は、「新宿歌舞伎町にもう一軒、歌謡曲居酒屋を出したんだ」と、温故知新の店作りへのトライを口にしたが、昭和の歌声喫茶を思い浮かべ、「私は行かない」と断った。ただ、青い部屋から天国に名を変えて生き続ける戸川の魂には明るい光を感じた。(出版プロデューサー)

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