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【大鶴義丹 それってOUTだぜ!】LGBTへの差別は「安い」人間のする行為だ! 男と女以外の性があるのが当たり前 (1/2ページ)

 LGBTに関して、私の中では、子供のときから、絶対に変わることのない答えがある。

 私の父が主催していた劇団「状況劇場」には、当たり前のように今でいうところのLGBTといわれるような、俳優やアーティストたちが日々出入りしていた。

 父の代表作「下谷万年町」では、戦後の下町を舞台に、浪人のような男娼たちが、愛情深く描かれてもいる。

 自宅が稽古場でもあったので、私は物心ついたときから、そういう「多元的な文化サロン」の雰囲気に慣れていた。逆にそれが世界の当たり前だとさえ思っていた。

 また「彼ら」との関わりの中から、彼らが得てして機知に富んだセンスを持っていて、子供に深い愛情を示してくれることも知っていた。

 逆に子供から見ると、エッジの効いた異端な俳優たちがウロウロしていたので、「彼ら」のほうが、よっぽどちゃんとしていると感じていたぐらいである。

 また、鮮明に覚えているのは、酒の入った演劇論の果てに、頭の切れる「彼」に言い負かされた別の俳優が、捨てぜりふで「差別」なことを言ったことである。

 その様子を見ていた子供の私に「彼」は言った。

 「理屈で負けると、結局、それじゃない…。ギタンはそういう安い男になったらダメよ」

 私のことをとてもかわいがってくれた「彼」が、悲しそうに私にそう言ったことが忘れられない。

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