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【高須基仁 人たらしの極意】さくらももこさんを悼む 忘れえぬ東日本大震災後の四コマ (1/2ページ)

 漫画家のさくらももこが乳がんのため、53歳で亡くなった。昭和49(1974年)の静岡県清水市(現静岡市)という設定の代表作「ちびまる子ちゃん」には、同郷出身ということもあり勝手にシンパシーを感じていた。

 86年8月に「りぼん」で連載がスタートした当時、私は玩具メーカーのトミーから外資系のマッチボックス・ジャパンの社長に転じた。英国本社と行き来する機内によく分厚い「りぼん」を持ち込んだ。90年からアニメ放送が始まると私は仕事柄、商品化を画策したが頓挫して、ヘアヌード写真集を武器に玩具業界を去った…。

 そんな私の心にも「まるちゃん」はずっといた。四コマ漫画で新聞連載されていた最中に東日本大震災があった。そのしばらく後の漫画が忘れられない。

 「またいっぱい咲いたね」「寒い中、がんばったんだもんね」「きっと大丈夫だよね」…そんな内容だったと思う。

 静岡在住で、広島の原爆をテーマにした作品でも知られる漫画家、ごとう和が私にこう言った。「さくらさんは社会問題を反映する作風ではなかったけど、東日本大震災には大きな影響を受けたと思う」

 アニメ「ちびまる子ちゃん」のテーマソングを歌ったゴールデンボンバーが着ている「TAMIYA」のTシャツにもつながりを感じる。田宮模型の本社も静岡だ。静岡には独特の雰囲気がある。

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