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【高須基仁 人たらしの極意】新人王・大谷のルーツ?! 戦前、米野球に立ち向かった岩手人 (1/2ページ)

 二刀流の大谷翔平投手が米大リーグでア・リーグの新人王を獲った。私はシーズンを通して、中継をつぶさに見続けてきたので感慨深い。

 今年2月、大谷の出身地である岩手県の水沢(現・奥州市)にある後藤新平記念館を訪ねた。

 同行してくれた岩手めんこいテレビの工藤哲人プロデューサー(P)は岩手生まれで、東大大学院の出身。岩手と世界の架け橋となった新渡戸稲造や後藤新平の足跡を追ってきた好漢だ。郷土の英傑と大谷の未来を重ねて、私にこう言った。

 「大谷選手は腹のすわった生粋の岩手人です。花巻東高校を卒業後、北海道日本ハムで活躍して、ロサンゼルスに渡った。岩手県人は皆、夢を託しました」

 そしてずっと昔、岩手から米国に立ち向かった野球人がいた。実は、日米野球は戦前に2回行われている。1931(昭和6)年、鉄人ルー・ゲーリック率いる米選抜が来日。34年には“元祖二刀流”ベーブ・ルースを主将とするメジャー軍団と対戦。そのいずれも主将兼捕手として参加したのが久慈次郎という男。

 郷土愛に燃える工藤Pは、久慈のドキュメントを制作するため、大谷が活躍する米国に飛んだ。

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