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【裕次郎番記者だけが知る 寺尾聰ワンパク半生】ドル箱女優と隠密結婚も…寺尾聰はインタビューで「そうね、話すことないね」 (1/2ページ)

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 秋の叙勲で旭日小綬章を受章した俳優の寺尾聰(71)。今は父の宇野重吉氏に迫るほどの名優だが、若いころは手もつけられないヤンチャだった。石原裕次郎の番記者だった筆者がその“ワンパク時代”をつづる。

 日本テレビ「2町目3番地」で共演した寺尾聰と范文雀は1973年、東京都品川区の教会で挙式した。当時スポーツ紙の記者だった私は教会の正面玄関で待機した。式を終えた2人が屋外に出てきた。タキシード姿の新郎は身長176センチの長身、モデルのようなスタイルの范のウエディングドレスはまぶしかった。寺尾26歳、范25歳だった。

 ホリプロの若手が渡辺プロのドル箱をさらった…。こんな挙式だったので参列者に業界人の姿は少なく、祝ったのはほとんどが友人連中。寺尾は挙式日も場所も発表しなかったため、私も情報を得るのに苦労した。取材にきたのは確か女性週刊誌1~2社と、スポーツ紙では私だけだった。

 インタビューでは「私はこれから専業主婦になります。今後は寺尾をよろしくお願いします」と謙虚な范に対し、寺尾は「そうね、あんまり話すことはないね」とそっけなかった。私は思わず「家庭に入るのは稼げる新婦ではなくて、新郎じゃないの?」との言葉を飲み込んだ。これが寺尾の第一印象だった。

 范との結婚生活は約1年半と短かったが、これを機に寺尾に仕事運がつき、次々と朗報が舞い込む。徳川家康を演じた「国盗り物語」をきっかけにNHK大河ドラマの常連となり、76年には日本テレビ「大都会」で新聞記者役、そして79年からは石原プロ制作のテレビ朝日「西部警察」で刑事役に挑んだ。寺尾は石原軍団に入ったのだ。

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