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【酒井政利 時代のサカイ目】レコ大→紅白と生放送、熱い芸能合戦だった大みそかの夜 レコ大60年・秘話開封 (1/2ページ)

★レコ大60年・秘話開封(中)

 1959年の創設当初、レコード会社もマスコミも見向きもしなかったレコード大賞。

 ところが『黒い花びら』『誰よりも君を愛す』『君恋し』『いつでも夢を』(以上ビクター)と大賞受賞曲はすべて大ヒット。受賞者は売れっ子ヒットメーカーになるため、暮れが近付くとレコード会社の担当者から審査員への売り込み合戦が激しさを増した。

 当時は審査員にりんご箱が届き、底に何か入っているのではとよからぬ噂が立ったこともある。

 64年の第6回大賞は青山和子の『愛と死をみつめて』(日本コロムビア)。コロムビアに入社して2年目の私が、無我夢中で仕事をした作品だ。原作本があり、歌にドラマに映画にという戦略が当たり、爆発的なヒットになった。歌と書籍のコラボは初めての試みで、今でいうメディアミックス戦略である。

 当時はレコード会社が音源制作をし、原盤権を持っていたため、発言力も強かった。そういう意味で、楽曲よりもレコード会社の戦略が受賞につながった。

 大賞を受賞できなくても、歌唱賞、新人賞などを受賞すると、翌年の営業仕事が全国から引っ張りだこになり、公演料も一気に上がる。さらには視聴率が優に70%を超えていた時代の『NHK紅白歌合戦』に確実に出場もできた。そのためレコード会社だけでなく、歌手も賞を欲しがった。

 青山がコロムビアからの最初の大賞受賞者となると、コロムビア所属の女王、美空ひばりが「私はどうなの」と言ってきた。

 そして翌年、美空ひばりの『柔』は第7回日本レコード大賞受賞。

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