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【みうらじゅん いやら収集】銅像の股間部も…愛の代償として“すり減る”? (1/2ページ)

 “藁をもすがる”なんて言い回しがあるが、人生一度とて、藁などにすがったことはない。ま、ものの例えとして必死な状況をいっているのだろうが、ついつい何かにすがってしまっていることはある。それは昔からよくいわれる現世利益ってやつで、神であろうが仏であろうが、全く日頃から信心なんてこれっぽちもないくせに困ったことになった時だけ神妙な面持ちでお願いをする。

 “やらせてもらいたい”。そんな不埒な願いを異性にお願いすることは若い頃は頻繁で、その願いの副産物として“愛”という言葉が用いられる。「愛してる」、何かとても崇高な響きに聞えるが、その代償として“やらせてもらいたい”わけで、相手側も当然“責任は取ってくれるんでしょうね”と、思っている。難しいのは双方の願いにズレがある時。“一回だけだから”、または“すぐに終わるから”などと今後の予定を無視する言動が見られたらそれは“やりにげ”であり、愛を持ち出したことが詐欺に該当する。そんな男の考えは“一度くらいしたところで減るものじゃないだろうし”くらいである。

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