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【ぴいぷる】童謡歌手からコメディエンヌ…そして世界の歌い手に 由紀さおり「今思えば、激動の50年ね」 (1/3ページ)

 「今思えば、激動の50年ね」とさらりと口にするが、デビュー以降、その半生で数々のターニング・ポイントを乗り越えてきた。まさに激動といってもいいだろう。

 「50年というより、むしろ半世紀って言われるとドキッとするの。昔、知り合いの経済学者さんから、由紀さんはイノベーション(技術革新)の連続だって言われたけど、そのときは意味が分からなかったのよ。今なら、何となく分かる気がするけど」

 そのイノベーションをたどってみよう。童謡歌手から歌謡曲に転身するが、なかなかヒットに恵まれなかった。今でこそ“透明感のある声”と称されるが、当時はデメリットしかなかったという。そんな中、仕事を通じて作曲家の越部信義氏と知り合い、CMソングなどを歌うようになる。

 「要は声に特徴がないってこと。コンプレックスだったわ。ただCMが映像主体の時代になったことで、クセのない声が求められるようになったのよ。不思議なものね」

 そこからつながりが広がり、「夜明けのスキャット」の作曲家、いずみたく氏とも出会う。TBSの深夜ラジオ「夜のバラード」のテーマ曲だった「夜明けのスキャット」は、ミリオンセラーの大ヒットとなる。

 人気歌手となり、歌謡シーンで活躍する一方、ドリフターズと出会い、新たな転機を迎える。「8時だョ!全員集合」や「ドリフ大爆笑」への出演でコメディエンヌの才能が開花したのだ。

 「もともと童謡歌手のころは日本コロムビアにいたの。で、コロムビア・トップさんが司会を務める『コロムビア大行進』というイベントに出たとき、トップさんに仕込まれた通りにやると、客席がドヒャって沸いてね。それがうれしかったな。歌よりも好きだったのかもしれないわね」

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