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【大鶴義丹 それってOUTだぜ!】宿命を知る「五十知命」 年齢的な限界を意識、残った時間を全開で駆ける (1/3ページ)

 ゴールデンウイークに入り、いよいよ51歳という年齢を迎えた。

 「五十知命」、50歳にしてようやく宿命を知るという、言わずと知れた「孔子」の言葉である。40代の頃はそんな言葉を鼻で笑っていた記憶があるのだが、やはり偉人の言葉というのは真理に触れているもので、ここ1年で確実に意識の変化が訪れている。

 とくに昨年の秋に生まれて初めて入院した経験もあり、人の命なんてものは簡単に霧散するという「真実」を知ったのも変化の理由だろう。

 自分の中での比較であるが、40代と50代の大きな違いとは、年齢的に限られてくるものを納得し始めることである。

 どんな歴史的な偉人や大王であれ、人間は誰でも年齢的な限界は避けられない。ゆえに、残った時間でどれだけ激しく燃焼できるかを試算し始めるということだ。

 限界が見えてくる、というマイナス的な考え方ではなく、ラストスパートへの準備だと言いたい。

 私の周りにいる、名だたる大先輩たちは、こぞって、50代、ここから10年が一番楽しい時間だから悔いなく全開で挑めという。

 確かに、俳優というのは、ハリウッドスターを見ても、50代は面白い時期である。若いときのように、「美」というものに左右されることなく、自由に人間味を表現する役を獲得しやすいということなのだろう。

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