記事詳細

【華麗な転身事情】キララとウララ・天野なぎさ “第2のピンク・レディー”が芸能プロダクション&実業家に! (1/2ページ)

 35年前の1984年に“第2のピンク・レディー”として『センチ・メタル・ボーイ』で華々しくデビューしたのが大谷香奈子(52)と天野なぎさ(52)の「キララとウララ」だった。

 プロデュースはピンク・レディーの「育ての親」として知られる飯田久彦氏(現エイベックス顧問)。当時テクノ・ポップスで歌い踊るスタイルが目新しく、特にアイドルで初めてインカムを使用して注目された。

 目標は「NHK紅白歌合戦」出場だったが、夢かなわず3年で解散。キララこと大谷は音楽プロデューサーでミュージシャンの小室哲哉(60)と電撃結婚して話題となった。

 ウララこと天野はシンガー・ソングライター、天野歩美でソロ・デビュー。シングル4枚、アルバム2枚を出したところで国際結婚をして、米ロサンゼルスに移住した。しかし徐々に自分の生き方に悩むようになった。

 「自分の方向性が分からなくなったというか…迷いの日々でしたね。アイドル、シンガーとして多くのスタッフに囲まれてきましたが、そんな環境から離れてみて、改めて自分の価値観や存在感を考えたんです」

関連ニュース