記事詳細

【織田哲郎 あれからこれから】音楽家として盛り上げてくれた『シーズン・イン・ザ・サン』 (1/2ページ)

 1985年にTUBEがデビューしました(デビュー時はThe TUBEです)。彼らは私がやっていたWHYや9th IMAGEの曲をアマチュアの頃からコピーしてくれていて、ライブにも遊びに来てくれたのをよく覚えています。デビューしてからもアルバムでWHYや9th IMAGEの曲をレコーディングしてくれました。

 彼らの3枚目のシングル制作にあたり、長戸大幸さんから曲の依頼が来ました。「ビールのCMで使われることはもう決まっている」というのです。彼らのイメージキーワードは“夏”“湘南”、そして今回は“ビール”。煮詰まりながらもなんとか最後にやっと「これだ!」というものができました。

 ところで私は、高校の頃からみんなで海に行くといった、今でいう“陽キャ”な遊び方をする仲間なんていませんでした。19歳からは仕事として音楽を作り始め、海に遊びに行くヒマもカネもない日々でした。なので「男女大勢で海に遊びに行って、浜辺でビーチボールでキャッキャ言いながら遊んでみたかったぞこの野郎!」「この曲にあわせて、陽キャどもみんなで夏に浜辺で盛り上がりやがれコンチクショー!」といった怨念がこもった曲だ、と取材では半分冗談で言っていたものです。何しろ、この当時もひたすら毎日薄暗いスタジオでレコーディングをしているか、ライブハウスでライブをしているかの日々でしたから。

 こうして作った曲を私が編曲とコーラスも担当し、86年4月にリリースされたのが『シーズン・イン・ザ・サン』です。うれしいことにとても長く愛される作品になり、TUBEにとっても私にとっても大きな飛躍のきっかけとなりました。

関連ニュース