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【大鶴義丹 それってOUTだぜ!】張本勲氏は現代に生き残った「絶滅種」!? 大船渡・佐々木の登板回避に「喝」で大論争 (1/2ページ)

 最速163キロ右腕の大船渡高、佐々木朗希投手の登板回避に対して、張本勲氏の番組内で出した「喝」が大論争を巻き起こした。

 張本氏は今までもたびたび「炎上騒ぎ」を起こしているが、中には「極論としては一理ある」ということも半分くらいはあったと思う。私としては、ああいうガンコジジイが少しはいたほうが世の中のためだとも感じ、嫌いじゃなかった。

 だが今回の「喝」に対しては、張本氏びいきの私でも、一気に引いてしまった感がある。

 ましてや成長過程の少年に対して、体の不調を根性で克服しろというのだから、むちゃくちゃな話で“昭和脳”も極まれりである。

 その手の昭和的な体育会系気質は危険だ。そうした理念の先には、旧日本軍の「玉砕戦法」があるわけで、そういう発想が国を滅ぼすこともあるのは昭和世代自身が一番知っているはずである。

 張本氏の「喝」ばかり話題になっているが、大体からして「あのガンコジジイは何者なのだ?」という話が、置き去りにされてしまってはいけないと思う。

 張本氏が本当に偉大な選手だったことを、リアルに知っている世代は私たちくらいだろう。

 私が中学1年の頃、1981年に引退しているので、つまり45歳くらいから下の世代は、彼の活躍をリアルに知っているはずもなく、わけの分からないことを言う元プロ野球選手のおじいさんでしかない。

 彼の経歴を簡単にまとめると、在日韓国人として広島で出生。貧しい暮らしの中、5歳のときに広島で被爆している。幼少時にけがをした右手から利き腕を左手に変え、野球で頭角を現す。そうした苦悩を乗り越え、中学時代から本格的に野球に励むようになる。

 大阪・浪華商業高校(現大体大浪商)からプロ入り、59年から81年まで日本ハム、巨人、ロッテを渡り歩き、現役23年で日本プロ野球史上最多となる通算3085安打を達成。イチローが抜くまでは日本一であったのは言うまでもない。

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