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【織田哲郎 あれからこれから】舛添要一さん、B’zの稲葉浩志くんも参加! 音楽家として最後のアルバムを制作しようと… (1/2ページ)

 怒濤のごとく仕事をした1987年が過ぎ、88年に私は30歳になりました。仕事のペースを徐々に緩やかにし、この年に『SEASON』、次の年には『Candle In The Rain』というアルバムをリリースしました。

 この時に感じていたのは、私はそれまで音楽を無我夢中で作ることで自分というものを模索しながら、なおかつその作業で救われてきたんだなということでした。

 10代や20代はずっと水中でもがいているような気分だったのですが、やっと水面から顔をだして呼吸できたような、神様に「もう音楽を作らないでもちゃんと生きていけるよ」と言われたような気分でした。

 そこで先のことはまったく考えず、とにかく休むことにしたのです。やっとある程度知られて、普通はここから頑張るところだろ! と、今考えるとなかなかドキドキしますが、こうして自分の中の衝動だけに身を任せる非常識さのおかげで、結局は音楽をずっと楽しくやり続けられたのかもしれません。

 89~90年は本当にのんびりしていました。とはいえ、このまま音楽をやめるかもしれないと思っていたので、最後に音楽家としての遺書のつもりで1枚作っておこうと思い、『いつか閉ざされた扉が開かれる日まで』というアルバムを作りました。そしてもう1枚「もともとロックギタリストになりたかったのに、好きにギターを弾きまくってるアルバム作ってないな」と思い、当時一番一緒にやりたかったメンバーと『タフバナナ』というアルバムを記念のつもりで作りました。

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