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【織田哲郎 あれからこれから】Mi-Ke『思い出の九十九里浜』 元は「グループサウンズごっこ」だった  (1/2ページ)

 今でこそパソコンを使って、誰でも自宅でクオリティーの高い音楽を作れるようになりましたが、昔は高い料金を払ってちゃんとしたレコーディングスタジオに行くしか方法がありませんでした。

 スタジオの機材を購入しようと思ったら、最低でも数千万円以上かかるのが当たり前だった1990年、当時DATと呼ばれるデジタルのテープを使い、数百万円でかなり高いクオリティーのものが作れるシステムが発売されたのです。早速、購入し、初めて自宅でレコーディングができるようになりました。

 機材の使い方を試行錯誤しながら、私が小学生の頃にはやっていたグループサウンズごっこを1人で多重録音して遊んでいると、その曲を使いたいと長戸大幸さんに言われ、そのオケに大幸さんがGSのタイトルを羅列した歌詞をつけたものが世に出ることになりました。これがB.B.クイーンズから派生したMi-Keの『思い出の九十九里浜』です。

 そして91年、私が曲を提供した『Good-bye My Loneliness』でZARDがデビューしました。さらにB.B.クイーンズ『ぼくらの七日間戦争~Seven Days Dream』、Mi-Ke『ブルーライトヨコスカ』など、頼まれれば次々と楽しく作っていましたし、浜田麻里さんの『Precious Summer』、都はるみさんの『一番逢いたい人』など、依頼をどんどん受ける間に気づいたら忙しくなっていました。

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