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【織田哲郎 あれからこれから】ZARDの坂井泉水さんには「2回しか会ったことない」 「またいつか一緒に何かできれば」と思っていたのに… (1/2ページ)

 私は25歳で自分の会社を作って独立したので、さまざまな交渉ごとも自分でせざるを得なくなりました。その時、そういうことがいかに向いていないかを散々思い知らされました。何しろ根本的に社会性に欠けた男なのです。

 ですから31歳の時、いったん音楽活動を中止して、いろいろ見つめ直そうと思い、自分の会社の運営をビーイングの社長である長戸大幸さんに委託する形でお願いしました。対外的な交渉、あるいは歌い手やアレンジャーとのやり取りなどをすべて長戸さんが仕切ってくれたので、私は基本的に長戸さんとだけ話をすれば済む状況になりました。これは本当にありがたく、私は音楽のことだけを考えていればよかったのです。

 ですからこの時期、自分がプロデュースしている西城秀樹さんなどを除けば、曲だけ提供している人たちとはあまり接点がありませんでした。しかも渡した曲に関しては、極力出来上がるまで聴かないようにしていました。スタジオに行くとついついアレンジに口出ししたくなるので、意見を求められれば言いますが、大体CDが出来上がってから初めて聴くということが多かったのです。

 ZARDの坂井泉水さんとは、おそらく2回だけ会ったことがあります。たしか一度、私の曲の仮歌を歌ってほしいと言われてスタジオに行きました。これだけ多くの作品を一緒に作っているのに2回しか会っていないというのは、なかなか珍しい関係だったかもしれません。でも共作者としての相性はとても良かったと思います。

 彼女の声はそれほど個性的ではないのに、実は印象に残る声です。結局のところ歌というものは「その声を聞いていたいかどうか」に尽きると思います。彼女の独特の硬質な倍音成分が、どんな歌を歌ってもさわやかな印象を残す、とても良いシンガーだったと思います。またいつか一緒に何かできれば、とずっと思っていたので本当に残念です。

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