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【織田哲郎 あれからこれから】「音楽より数字」の話に違和感 初心に返るため全国ツアー敢行するも… (1/2ページ)

 1996年7月6日、相川七瀬のアルバム『RED』が発売されました。それまでに「夢見る少女じゃいられない」「バイバイ。」「Like a hard rain」「BREAKOUT!」と4枚のシングルをリリースして、相川に対するファンの熱が高まっていることはひしひしと感じていました。

 エイベックスも期待を込めて100万枚近く出荷したのですが、なんと日本全国のレコード店で品切れを起こすという、うれしい形で期待は裏切られ、結果的に270万枚という売り上げを記録しました。

 通常、人のプロデュースはレコード会社やプロダクションから依頼されるのですが、相川の場合は私が直接、彼女のお母さんと話をして進めていたわけですから、売れたことにとてもホッとしました。

 ただ、当時、ふと気がつくと、音楽そのものの話でなく、枚数、金額といった“数字”に関する話をしなければいけない状況がどんどん増えていました。

 作った音楽が広く知られること、そしてそれがお金になって、音楽を作る環境が良くなることは単純にうれしいことです。しかも前にも書きましたが、ポップスという音楽は広く世の中で認知されることによって輝きを増す性質を持っています。共有する記憶になることで、ポップスの持つ大きな魅力のひとつであるノスタルジアの要素がよりふくらむのです。

 ですから音楽業界という場所で、音楽を商品としてより多く売ろうと戦ってくれる人たちは大事な味方です。

 とはいえ、人間には向き不向きがあって、数字の話をすること、もっと言うと音楽より数字を気にする人たちとしゃべることが本当に私は苦手なのです。そして、私にとって音楽制作の場面だけでなく、人としてもリーダーシップが必要とされていると感じる状況が増えていきました。

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