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【ぴいぷる】横浜銀蠅 翔「Johnnyのいる銀蠅を、当時を知らない世代にも見せたかった」 コロナ禍乗り越えツアー展開 (1/3ページ)

 横浜銀蝿40thは昨年、1年限りのプロジェクトのはずだった。1980年のデビューからメモリアルの40周年、オリジナルの4人でファンに想いを届けたい。しかし翔、Johnny、嵐、TAKUの想いは、コロナに打ち砕かれてしまった。春の横浜市教育会館での公演は中止、全国を巡るZeppツアーは何度も延期された。

 翔「打ち合せを重ねて、気持ちを高めて、それが延期になるたび思うところはあったけど、それよりもチケットを買ってくれたファンに申し訳なくて。延期のたび、その日に合わせて仕事を休んだりもしなきゃならない。それでも会いに来てくれるファンの気持ちをいつも考えていた。だから頑張れたんだ」

 Johnny「僕は83年以来、37年ぶりの復帰で、ギターからは離れていたので、延期の連続で気持ちが切れやしないかと心配だった。でも延びた時間は、ひたすらギターの練習に打ち込んできた。本来なら昨年で銀蝿の活動は終わり、ギターとは再び離れていたかも。それがもう1年、ギターを見つめ直す時間ができた」

 今春、6月のZepp Tokyoなど1年遅れのツアーを展開。そこには感動が待っていた。

 翔「ファンの子たちはマスクを着けて、座っていたけど、ステージに上がったときには感動した。声援はなくても、目いっぱいの拍手で心が温まった。曲のなかにある言葉や想いを演奏してみんなに伝えて、それがあすからの勇気になれば。会いたい気持ちは俺らもファンも同じ。本当、応援してもらって感謝している」

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