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【当てちゃる券】“モデルチェンジ”を余儀なくされる衰え

≪2017年2月10日発行、夕刊フジから≫

 「衰え」とは今まで、できたことができなくなることだ。ジャンから豪快に逃げ切ったり、番手勝負で競り勝ったりと、ファンをうならせた名選手もいつの間にか存在感がなくなり、やがては皆引退する。なかにはランクが落ちても自分の戦法を曲げない頑固者もいるが、大抵の選手は“モデルチェンジ”を余儀なくされる。

 ノンキャリアの私は徹底先行でS級1班まで駆け上がったが、それだけでは上位で通用しないと思い、先行兼備の自在型を目指した。先行が基本だが、叩かれてもズルッと後退したくなかったのでイン粘りを覚えた。格上の先行屋と走るときは、出切れなかったら番手を叩き込む追い上げマークも作戦のひとつにしていた。

 滝澤正光さんや坂本勉の後ろをいつもヌクヌクと回っていた遠澤健二(神奈川57期)とよくバッティングしたな。大抵は両者落車や失格だったが(笑)。

 30代になり、だんだん逃げも通用しなくなってくると、若い選手の番手や3番手を回ることも増えた。それはラインの先頭で戦う競輪とは景色が違った。それは速球で三振が取れなくなった投手が、変化球を多用し、投球術を習得するのに似ている。そうしなければ、「そこ」にいることができないからだ。

 私は32年間、比較的柔軟に衰えに対応してきた。おかげさまで上から下まで全部の級班を経験できたことは幸せだったと思っている。(元競輪選手)

 ■内田浩司(うちだ・こうじ)1962年8月26日生まれ。福岡県出身。83年4月に51期生としてデビューし、S級上位で活躍。2015年10月29日に引退。通算435勝、優勝34回(記念Vは92年門司記念など6回)。FI先行・吉岡稔真(としまさ=福岡県65期)元選手の兄弟子で連携は多数。実直な性格と厳しい指導から“鬼軍曹”として恐れられていた。夕刊フジ競輪面にコラム『当てちゃる券』を連載中。

※原則として新聞掲載時のまま再録していますが、一部加筆・修正を行っています。