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【ドクター和のニッポン臨終図巻】大杉漣さんを襲った「放散痛」 病む臓器から少し離れている場所に痛み (1/2ページ)

★大杉漣さん

 「俺が生かして、俺が死なせたみたいな感じ。申し訳ないと思ってさ」。映画監督の北野武(ビートたけし)さんが、俳優の大杉漣さんの死を受けて、司会を務めるテレビ番組でつぶやいた言葉です。涙を堪えるのに必死なように見えました。

 たけしさんと大杉さんの出会いは、1993年の映画『ソナチネ』でのオーディション。まだ無名だった大杉さんは時間を間違えて1時間の遅刻。しかし、たった数秒間顔を見ただけで、たけしさんは勘が働いて、大杉さんの起用を決めたといいます。そこから大杉さんは、北野映画には欠かせない存在となり、テレビや映画に引っ張りだこの人気俳優にまで上りつめていきました。

 先のたけしさんの言葉には「俺があのとき採用しなかったら、こんな忙しい俳優になることもなく、早く逝くこともなかったんじゃないか」という思いが込められていたようです。

 大杉さんが体調不良を訴えたのは2月20日。千葉県内でドラマの撮影が終わり、共演者らとホテルで食事をとり、午後11時頃に部屋に戻った後でした。腹痛を訴えたそうです。共演者の松重豊さんらが付き添って最寄りの病院へ行きました。しかし、駆け付けた共演者やご家族に見守られる中、日付の変わった21日未明に息を引き取りました。66歳。死因は急性心不全でした。

 大杉さんは胸痛ではなく、腹痛を訴えていたのになぜ、心臓だったのか? と疑問に思われた人も多いでしょう。しかし決して珍しいケースではないように感じます。

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