記事詳細

【ドクター和のニッポン臨終図巻】「在宅医」とは…大切な何かを問い、旅立った早川一光医師 (1/2ページ)

★早川一光医師

 私が在宅医療に従事して、はや23年以上が経ちました。在宅医は2つに分類されると感じます。

 「在宅医療」という言葉が生まれて以降に医者になった方と、そんな言葉がなかった時代、外来に来られなくなった患者さんの自宅に行き、看取りまで行ううちに気が付けば「在宅医」と呼ばれるようになっていた方です。

 私は後者の人間です。昔の町医者は、考えてみれば皆、在宅医だったはず。「ばあちゃんの具合が悪いので来てほしい」とドアを叩かれるまま、往診していたのです。

 1976年に病院死が在宅死を上回り、2005年には8割超の人が病院死する時代となって、在宅医療は特殊な医療のように思われる存在になりました。

 そんな在宅医療の先駆者であり、尊敬する大先輩だった早川一光(かずてる)さんが、6月2日に亡くなりました。享年94。14年から、多発性骨髄腫で闘病生活をおくられていました。大先輩の葬儀に駆けつけたいと思いましたが、本人の遺志で葬儀・告別式は行わないとのことでした。

 早川先生は1924(大正13)年、満州生まれ。父親は満鉄病院で医師をしていたといいます。京都府立医科大で医療を学びました。終戦直後で医療環境の恵まれない時代、西陣の住民が出資した診療所の医師となりました。

 それから半世紀以上にわたり、「自分の身体は自分で守ろう」をモットーに地域医療に邁進(まいしん)。認知症でもがんでも、自宅の畳の上で死んでもらいたいと町を回り続け、「わらじ医者」の愛称で地元の人から愛され続けました。

zakzakの最新情報を受け取ろう

関連ニュース