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【BOOK】愛する者の存在によってしか自分を定義できない男の物語 東山彰良さん『夜汐』 (1/2ページ)

★東山彰良さん『夜汐』 角川書店1600円+税

 個性的で薫り高い文章力に定評のある直木賞作家が、初の歴史時代小説で新境地を開いた雑誌連載が、単行本にまとまった。幕末から明治へと至る、時代と時代のはざまで命をかけて愛する女のもとへ向かう男のロードノベルは、どのようにして生まれたのか。執筆の原点から気になるあれこれまでを聞いた。(文・たからしげる 写真・宮川浩和)

 --物語誕生の発端は何でしょう

 「ここ数年のぼくの関心ごとは、マジックリアリズムです。小説でいえば、現実の世界の中にさしはさまれる現実的ではない物語、とでもいいますか。日常にあるものを日常にないものと融合させて表現する手法です。よく引き合いに出されるのが、コロンビアの作家、ガルシア・マルケスの作品ですが、物語の本質とは関係のない、ちょっと不可思議な出来事が、物語中によく差し込まれるんです」

 --それを日本の幕末を舞台にして展開された

 「これまでに台湾や中米などを舞台に表現してみましたが、日本ではまだやったことがなかった。今回、現代の日本を舞台にすると、自分の書きたいものが書けないと気がつき、ではいっそ過去にしようと、幕末から明治にかけての時代にしました。それが、この物語を書こうと思ったきっかけです」

 「また、ぼくは西部劇が好きなのですが、西部劇は時代の変わり目が舞台として選ばれることが多い。たとえば馬から蒸気機関の時代へ移るころ、馬の時代の古い価値観を体現したヒーローと、新しい、もっと殺伐とした進歩的な価値観を体現した悪者が戦う、といったモチーフを日本に移そうとしたとき、幕末が適していると感じました」

 --舞台設定やテーマについて台湾で生まれ、日本で暮らしてきたご自身のアイデンティティーと今作の関係は

 「ぼくは自分を国境で定義するのが苦手です。どこにも帰属できないという感覚を、ずっと持っています。だから家族や好きな人たちがいる場所が、自分の居場所だと思ってる。この物語の主人公・蓮八(れんぱち)も幕末という、だれもが自分の立場をはっきりさせねばならない時代に生きていますが、彼を突き動かす動機はただ好きな女に会いたいという思いです。彼もぼくと同じで、愛する者の存在によってしか、自分を定義できないのだと思います」

 「世の中がどんどん複雑に変わっていく中、人間の変わらない部分を描いた単純な物語です。歴史の大きな流れの中にあって、男が女に会いにいくというだけ。しかしそれは、昔も今も、だれもが共通して持ち続けている感情なのではないかと思いました」

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