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【BOOK】江戸時代後期、武家の存在理由は…自裁ができること 青山文平さん『跳ぶ男』 (2/3ページ)

 --本書の究極のテーマにもなっている、武家の自裁(切腹)とは

 「当時、武家は農業においては百姓に勝てず、経済においては商人に勝てませんでした。本職の軍事でも、文治の政治が進むとともに鉄砲を手放しましたから、もはやプロとは言えない。では、武家の存在理由は何かと言えば、自裁ができることに尽きるのではないでしょうか。ただ腹を切るのではない。己(おのれ)で己を裁いて、しかる後に切腹するのです。常に死と添って事に当たる。それができなければただの厄介者でしかないでしょう」

 --では、武家にとって、生と死とは何だったのか

 「江戸時代、百姓も武器を持たなかったわけではありません。剣の稽古もしたのです。ただし、その剣は生きるための剣でした。一方、武家の剣は死ぬための剣です。剣の稽古をすればするほど、より強い相手と闘う機会が増えて、死が近寄ってきます。平和な時代になると、武家は(戦う機会が少なくなり)戦って死ねない。稀有となった死に場所を、剣が引き寄せたのです」

 --本書の執筆で苦労された点は

 「直木賞受賞の会見の際、銀色の鯵を書きたいと申し上げました。大衆魚、つまり我々普通の人間の、生身の姿を描きたいということです。今回も、鯵の一尾を書いたことは変わりませんが、前述のように舞台は江戸城の深部で、さまざまな約束事の牙城です。そこで『大きな貸し』の仕掛けを構成する能を絡め、密に入り組んだ約束事を十分に理解し、消化して、敬意を払って書きつつ、その仕掛けを探っていかなければなりませんでした。知力もさることながら、これまでとは比べ物にならないくらいの体力も要求されて、終わってみたら2年近くが経っていたというわけです」

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