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【男盛りはこれからだ!!80代元気の秘訣】ニューラテンクォーター元社長・山本信太郎さん、音楽支えに「目標と希望があれば大丈夫」 (1/2ページ)

★伝説のナイトクラブ「ニューラテンクォーター」元社長・山本信太郎さん(下)

 高度経済成長期に東京・赤坂から日本の夜を照らし続けた伝説のナイトクラブ「ニューラテンクォーター」の元社長、山本信太郎さん(83)。いまでは当たり前となった「日本初」の取り組みがありました。

 「ショーによって値段が変わるカバーチャージを導入しました。通常は800円。トリオ・ロス・パンチョスは1500円、ナット・キング・コールは5000円とアーティストによって金額は異なりました。そして、外国のお客さまも多く、ドルでの支払いに困っていました。そこで大蔵省(当時)に申請をして外貨両替所のライセンスを取りました」

 まさに現代のインバウンド時代を先取りする行動力です。

 「ナイトクラブとはいえ面積600平方メートルの広大なフロアに100人を超えるホステスやスタッフ、お客さまは300人を超えることもありました。日々起きる問題はその日のうちに解決することが重要でした」

 山本さんは、経営者として鋭い判断力を持っていました。

 「ナイトクラブの運営で怖いのは“飽き”です。表面的にはにぎわいを見せていましたが私は従業員に“飽き”を感じました。お客さまが感じ取ればあっという間に人気はなくなります。カンフル剤を投入し立て直さなければと考えました」

 それは店の15周年記念として企画した「カバーチャージ12万円」のトム・ジョーンズのショー。

 「破格の料金は、私にとっても勝負でした」

 当時の平均月収は9万円程度。無謀に思えたチケットは完売して大成功を納めたそうです。

 順風満帆に見える山本さんですが、後に87億円もの負債を抱え窮地に立ちます。

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