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【パリッコの「酒飲み12カ月」】梅雨どきのお楽しみ! お気に入りの東屋で「雨見酒」を

 雨の日に外出する憂鬱の約7割は、レインシューズを買うことで解消される。長靴はふくらはぎのあたりがちょっとゴソゴソするのと、東京の街なかを歩くくらいならばそこまで重装備でなくても事足りるので、僕はくるぶしまでを覆うゴム製のレインシューズを好んで履いている。

 ゴム製だから一般的な靴と比べると劣化が早く、そんなに頻繁に使うものではなくとも、2年に1回は買い換えることになる。なので、ブランドなどには特にこだわりなく選ぶ。足全体をほどよいフィット感のゴムが包み込み、履き口だけ伸縮性のある素材になっているようなやつが、探すと2~3000円くらいでいろいろ売っている。

 雨の日の外出で最高に鬱陶しいのは、スニーカーの底面を通り越した水が徐々に全体に侵食し、やがて靴下までぐしょぐしょに濡れるあの不快感で間違いないだろう。靴はいつもの倍重く、歩くたびにグシャッ、グシャッと不穏な音を立て、あの状態でポジティブでいろというほうが無茶な話だ。レインシューズはその問題を一気に解決してしまう。外出が憂鬱でなくなる。むしろ「かかってこい」という気にすらなってくるのだ。

 梅雨どきにだっていつもと変わらず飲みの予定は入る。「今日も雨か……」そんな日の夜に飲み会の予定が入っていたとすると、僕は「しめた」とすら思う。身支度をして、玄関でレインシューズを颯爽と履き、「さて」などと小さくつぶやいて家を出る。1時間早く出る。道すがら、「雨見酒」を楽しんでから目的に向かってやろうという魂胆だ。

 まずコンビニで、500mlの缶チューハイを買う。あればタカラ「焼酎ハイボール」のドライかレモン。つまみはどうするか? こんなじめじめとした日に、乾きものは似合わない。柿ピーなんかを小気味好くカリポリ食べてる場合じゃない。あ、あくまで、雨を見ながら外で飲むときに限定した話です。ベビーチーズ? 好きだけど、発酵食品ならではの熟成感が今はよけいだ。魚肉ソーセージ? そのムニャムニャ感、だいぶ近いかもしれない。だけど欲をいえば、ちょっと温かみもほしい。レジ前のホットスナックコーナーに「軟骨入りつくね」を見つける。なるほどね、いいじゃない。

 そうしたら家の近所の石神井公園に向かう。お気に入りの「東屋」で、チューハイとつくねで一杯やってやろうというわけだ。

 東屋はいい。なんといっても、外なのに屋根がある。そこには、人間のDNAレベルにまで訴えかけてくる安心感がある。日常の行動範囲の中にお気に入りの東屋をひとつふたつ持っておくのは、ものすごく大切なことなんじゃないだろうか。それは単なる休憩スポットではない。いってみれば心にひとつ、精神的な風雨から身を守る屋根がかかっているのと同じことだ。

 公園に着くと、こんな雨の日、もちろん誰も散歩なんてしていない。右手で傘をさし、左手に酒とつまみの入った袋をぶらさげ、ザッザッザッと枯れ葉混じりの土を踏みしめながら歩く。水たまりがあちこちにあるが、あえて無視して歩く。じゃぶじゃぶじゃぶ。「そういえばもう何年も水たまりにはまっていないな」そんな方はぜひ試してみてください。ものすごくノスタルジックな気持ちになれて楽しいので。

 池が見えてきた。大きな水面全体が満遍なくさざめいている。対岸の緑が白く煙っている。鴨が一羽、杭の上に片足で立って休んでいる。いつもチュピチュピとうるさいくらいの鳥の声は、まったく聞こえない。

 貸切の東屋へ到着。壁に傘を立てかけ、カバンをおろし、ベンチに腰かけて缶チューハイを開ける。ごくりと飲んでふうっと一息。この、他にあまり似た感覚のない時間が好きだ。

 ゆっくりと視線を上げてみる。ひさしから地面へ落ちる雨、池の水面へ落ちる雨、遠景を霞ませる雨。いくつもの層になっていて見飽きない。音も同じで、足元ではパチンパチン、遠くではサーッ、意識を向けてみると驚くほど大音量の雨音が空間に満ち、耳に心地いい。

 ガサゴソと包み紙を開け、串に3つ刺さったつくねを1/2個食べる。モグモグモグ。ひき肉の穏やかさの中にわずかに軟骨の歯ごたえが混ざり、やっぱりなんだか今日の気分にしっくりとくる。ほんのりと温かいのも嬉しい。冷えたチューハイをまたごくり。

 と、雨音にゴォーッと電車の走る音が混ざる。こんなに大きく聞こえるほど近くを通っていたかな? 風向きの関係だろうか。それとも今日の街全体が静かすぎるからか。目を閉じ、自分がどこか時空を超えた異世界にいることを空想してみる。池のほとりの鬱蒼とした木々たち。その向こうを走る古びた列車。チューハイをまたごくり。なるほど、こっちの世界でも、酒はやっぱり酒なんだな。

 そんなバカげたひと時をひとり堪能した僕は、いつも通りの下世話な飲み会に向け、何食わぬ顔で東屋をあとにするのだった。

■パリッコ 酒場ライター。著書に『酒場っ子』『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』、スズキナオ氏との共著に『酒の穴』『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』。「晩酌ほろ酔いクッキング」(漫画ゴラク)「今日は早退します!」(東京ウォーカー)他、連載も多数。TV東京「音流~ONRYU~ 酒場サーキット」出演中。

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