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【パリッコの「酒飲み12カ月」】これまでほとんど無視していた“酸味”という味覚 無意識に求めていた酢の物

 年齢を重ねるとともに、飲みの席などで「20代をすぎると途端に脂っこいものが食べられなくなるよ」なんて話を聞く頻度が増えた。僕は脂っこいものが好きなほうで、30代になっても一向にそんな気配はなく、自分はそういう人とはタイプが違うのかもしれないな、などと軽く聞いていた。が、約1年前に40代に突入し、それは突然やってきた。

 まず、かなり食が細くなった。昔からその傾向はあったんだけれど、とにかく外食の一人前が多すぎて、カレー一杯、ラーメン一杯、カツ丼一杯、天丼一杯、食べきれば胃袋が限界に達し、その日1日のパフォーマンス、計画がズタズタとなる。どれも、例えば「好きなとんかつ屋に食事に行く」などのしかるべき理由があって、その日に向けて調整する必要のあるメニューで、日常的に食べるものではなくなった。

 脂に対する耐性もガクンと落ちた。立派なサシの入った肉やマグロのトロなど、一口は食べたい。けれども、二口目で早くも苦痛になり始めてしまう。

 僕がこの世でいちばん好きな食べ物は「カツカレー」だ。酒の席をともにさせてもらうことも多い大先輩、漫画家、イラストレーターの寺田克也さんは、「カレーライスはカツの乗っていないカツカレーにすぎない」という、食文化史に残る名言を残している。そんな寺田さんから数年前にかけられた、「カツカレー、食えるうちに食っときな……」という言葉が今、鮮明なリアリティを持って自分に重くのしかかっている。

 代わりに、海藻がやたらと好きになった。沖縄産の味付けがされていないもずくのパックを冷蔵庫に切らさないようにし、ダシ醤油をかけて年中食べている。スーパーに春わかめが並びだせばホクホクと買って帰って鍋でゆで、ワサビ醤油で食べる。妻が常備菜として作っているひじきの煮物なんかも、常備菜といってるにも関わらず、やたらと食べてしまうので減りが早く面目ない。

 しらたきに異常にハマり、ダイエット目的とかではなく「うまいから」という理由で、1ヶ月くらい毎日食べ続けていたことも記憶に新しいし、ここ数日は朝昼兼用で、カットしたトマトを中心とした生野菜をオリーブオイルと醤油で和えたものを、少しのご飯に乗せて食べるという、主婦向け雑誌の夏バテメニュー特集のような食生活をしているが、それも好きでやっている。

 何もかも、体が求めているということだろう。無茶な暴飲暴食をくりかえしてきた数十年のツケが、いよいよ回ってきたということかもしれない。

■うん、今求めている味だ

 仕事が夜遅くなると、必ずスーパーに寄って帰る。目的はおつとめ品で、特に店側がその日のうちに売り切ってしまわなければいけない刺身類は、3割引きや半額になっていることも多く、それを物色するのが何よりの楽しみなのだ。先日もそんな気で鮮魚コーナーへ寄った。すると、割引きにはなっていないものの、そのまま食べられるよう下処理されたパックの生わかめと、その横の荒くほぐされたカニカマ、それらがどうしても食べたくてしかたない。もう刺身とかじゃない。今日はわかめとカニカマ! 食材のイメージに反する荒ぶったテンションで買い求め、帰路についた。

 家に着いて日々のルーティーンあれこれをこなし、いよいよ晩酌の時間。大きめのガラス皿に、わかめをドサッとあける。何を作ろうと決めているわけではない。そこにほぐしカニカマをさらに細かくほぐしながら加えてゆく。ゴマ油、ポン酢を回しかける。味見してみる。酸味が足りないなと、キッチンにあった「リンゴ酢」をドボドボ足す。けっこうな量。ここまで完全に無念無想。味見する。うん、今求めている味だ。

 さて、と缶チューハイを取りだしてきて、飲みはじめてからしばらくして気がついた。今目の前にあるこれ、酢の物じゃん! 居酒屋で飲んでいても、酢の物を自ら頼んだことなど一度もなかった。これまでは、なかばその存在を視界にすら入れてこなかった、酸味という味覚。ついに僕の人生もそういうタームに突入したということなのか。が、寂しくはない。開かれいるのは新しい喜びに満ちた世界だし、何より、そこに寄り添う酒だけは、今も昔も変わらずうまいのだから。

■パリッコ 酒場ライター。著書に『酒場っ子』『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』、スズキナオ氏との共著に『酒の穴』『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』。「晩酌ほろ酔いクッキング」(漫画ゴラク)「今日は早退します!」(東京ウォーカー)他、連載も多数。TV東京「音流~ONRYU~ 酒場サーキット」出演中。

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