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【定年後の居場所】2度の出向人事を糧に64歳で博士号 生命保険会社→不動産会社で鑑定士合格→芸術法人で学芸員

 今年64歳になる知人N氏が最近博士号を取得した。私の周囲で博士号を持っている人は今までいなかったのでいろいろ話を聴いてみると、人生後半戦における仕事と学びの大切さとともに、思いがけない出向人事を見事に自分の糧にしていることが印象的だった。

 彼は大学を卒業して生命保険会社に勤めていたが、34歳の時に不動産会社に出向となった。意外な異動だったが腐らず、仕事とともに自己啓発に努めた。

 1つは、せっかく不動産の仕事に就くことになったのだからと不動産鑑定士試験を目指して勉強を始めた。そして仕事と両立させながら4年後に合格。2つ目は、会社が自主的な活動を援助する制度ができたので異業種交流会を立ち上げた。発起人兼主催者として、その後30年にわたって続けていて、開催回数はすでに200回を超えているそうだ。

 2回目は52歳の時。本部の営業の仕事から芸術関係の公益財団法人に出向になった。思いがけない異動先に驚いたが、そこでもすぐに気持ちを切り替えた。通信制の芸術大学に入学して、自ら学芸員の資格を取得した。その後、修士課程に進んで論文も書き上げた。芸術方面にも視野が拡大したという。

 もちろん、勉強ばかりしているわけにはいかない。財団の運営の仕事にも手腕を発揮した。そして公益財団法人の勤務を9年間続けて60歳で定年になり、雇用延長を選択せずに退職した。

 定年後も彼のチャレンジは続いている。働きながら大学院の博士課程後期に進み、今年めでたく博士号を取得した。学び始めてから10年の歳月がたっていた。今後は論文の内容を書籍にして多くの人に読んでもらうとともに、大学での非常勤講師など、自ら研究してきたことを発信する場を得たいと考えている。

 また、もう1つの彼の夢は、不動産鑑定士の資格を獲得することである。資格取得には、実務経験が必要なので、現在は不動産の鑑定会社で働いている。週に3日、若い人に混じってパソコンの前で細かい鑑定評価の仕事をしている。

 振り返ってみると、今までの取り組みのきっかけは思いがけない異動であったという。初めは相当落ち込んだが、人生何が良くて、何が悪いのかはわからない。むしろ、転勤とか出向は働き方や生き方を切り替えるチャンスであって、前向きに何ができるのかを考えることが大切だと彼は言う。

 昨今の働き方改革では、副業の問題がよく取り上げられるが、副業だけではなく、将来のために資格を取得するとか、趣味を生かす、ボランティアや地域活動に取り組むといったように実際には幅広く多様である。N氏のように学び直しを通して新たな取り組みを始めるという手もあるのだ。

 また、仕事と資格の勉学、仕事と異業種交流会の主催者、仕事と大学院での研究、定年後は博士論文と資格を取るための仕事など、2つのことを並行して取り組んでいるのも興味深いところだ。充実した生活を送るポイントかもしれない。まさに「合わせ技一本!」と言えるだろう。

 ■楠木新(くすのき・あらた) 1979年、京都大学法学部卒業後、生命保険会社に入社。50歳から勤務と並行して取材、執筆に取り組む。2015年3月、定年退職。現在、神戸松蔭女子学院大学教授。人事・キャリアコンサルタント。25万部を超えるベストセラーになった『定年後』(中公新書)など著書多数。19年2月に『会社に使われる人 会社を使う人』(角川新書)を出版。

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