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【ぴいぷる】オードリー・若林正恭「人見知りを治すにはガールズバーが一番」 “ナナメ目線”減らし人生楽しむ (1/2ページ)

 新作エッセー「ナナメの夕暮れ」(文芸春秋)が発売2週間で10万部を突破、現在も版を重ねている。「社会人大学人見知り学部卒業見込」(角川文庫)の続編。青年からおじさんに移る軌跡をありのままに綴ったもので、前作では「趣味なんていらない」と書いていたのが、新作では「趣味がないと生きていけない」に変わってきている。

 「10年前はゴルフするおっさんのことを『クソだ』と決めつけ、現在のゴルフする自分の姿は想像できなかったですね。10~20代のころは、バーベキューやハロウィーンなどをナナメに見て、夢中になれませんでしたが、ここ何年、ナナメ目線も少しずつ減りました」

 人見知りで自意識過剰。気取っているような気がして、スターバックスでもグランデが頼めない。さらに子供のころから協調性はなし。

 「幼稚園の玉入れで、父母席に向かって玉を投げているビデオテープがあって、親父が『ああ、こいつ、ダメだ』と言う声が入っていましたね」

 そんな「生きてて全然楽しくない地獄」が変化したのは、自ら司会する番組が増えたからだ。

 「ひな壇に座っていたときは、司会の人が振ってくれるから、人見知りでも何とかなりました。でも、自分が振る立場になり、もう少しゲストに踏み込んだら面白くなるところを、人見知りのせいで盛り上げるチャンスを逃したこともあって。さすがに何とかしないと、と思いました」

 若いころは飲み会が大嫌いで、「行きたくねえな」と思っていた。

 「でも、番組の打ち上げでMCが黙っているわけにもいかないし、自分たちが主宰のライブに出てくれたゲストのための飲み会で人見知りしている場合じゃないし」

 で、「本格的に荒療治しよう」と思って、通い始めたのがガールズバー。

 「自分みたいなさえないタイプを下に見ると思って、女性に対して劣等感があったんすよ。その点、ガールズバーはちょうどいい距離感で警戒心も消え、いろんなことをしゃべることができ、リハビリになりました。人見知りを治すには、ガールズバーが一番っすね」

 ナナメ目線や自意識が減ったのは、もう1つ、2年前の春に大切な人が相次いで亡くなったことも大きかった。

 「親父は入院期間が長く、久しぶりに外出許可が出たとき、ダウンジャケットに着替えて、病院に近いファミレスに本を持って行き、ムチャクチャうれしそうな顔で読んでいました。それを見て、自分が楽しいことを意識的にしないといけないなって思いましたね」

 父親の死去から2週間後、先輩芸人の前田健さんが亡くなった。

 「カネのない若手時代、まえけんさんには飯を食わしてもらったりして、お世話になったんです。もう本当に会えないのかと思ったら、気の合う人に会っている時間はすげえ大切で、物事をナナメに見たり、カッコつけてたりしたら、人生ってすぐに終わっちゃうんだなって思いました」

 その後、キューバに1人旅したとき、ハバナ湾沿いで若い人も老人も集まって深夜まで歌ったり、話したりしているシーンも印象に残った。

 「気が合う人と、くだらない話をしていることだけでも、素晴らしい。これも1つのきっかけになりましたね」

 海外のお土産を共演者やスタッフに渡したら、「若林さんって自分以外のことを考えること、あるんすね」と言われた。

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