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【ぴいぷる】映画監督・中島貞夫 84歳、“意気軒昂” 「ヒットしたら、また高良君と時代劇を…」 20年ぶりメガホンの『多十郎殉愛記』12日公開 (1/2ページ)

 日本映画の一時代を支えてきた重鎮監督が84歳にして20年ぶりにメガホンを執った。時代劇「多十郎殉愛記」。12日、満を持して封切られた。

 「これが監督として最後の作品になるかもしれない。そんなつもりで撮りました」と語るが、殺陣に初挑戦した主演の高良健吾は、「まだ撮れる。撮ってほしい」と、ベテラン監督の“現役引退”を否定した。

 任侠もの「まむしの兄弟」シリーズから時代劇「木枯し紋次郎」シリーズ、“極妻(ごくつま)”こと「極道の妻(おんな)たち」シリーズなどジャンルを選ばず、監督デビューから55年。半世紀を超えるキャリアの中で通算64本目となる新作を完成させた。

 映画監督を目指し、東大卒業後、東映へ入社するが、脚本家の倉本聰らと東大で「ギリシャ悲劇研究会」を立ち上げ活動していたことから、京都・太秦(うずまさ)の“京撮(きょうさつ)”こと東映京都撮影所に配属された。

 「配属理由が本当にメチャクチャで。君はギリ研(ギリシャ悲劇研究会の略称)出身。ギリシャ悲劇も時代劇だから京撮へ行ってくれ、だった」という。

 「京撮は職人気質の怖い人ばかり。新人の同期は皆、そう恐れていたから、頑丈そうな私が選ばれたのです」と笑った。

 以来、京都で暮らし始めて約60年。千葉で生まれ、東京で育ったが、京都で過ごす時間の方が長くなり、京都で骨を埋める覚悟を固めた。

 「だから京撮伝統の時代劇を何としてでも復活させたかったんです」

 殺陣の魅力は、生身の人間が極限状態で見せる迫力あふれるパフォーマンス。“チャンバラ”は日本映画の可能性をまだまだ広げることができる-。この持論で時代劇にこだわり続けてきた。

 新作現場には、こんな重鎮監督の執念に共鳴する京撮スタッフ、そして長年、教授を務めた大阪芸大の教え子らが終結した。モスクワ国際映画祭で最優秀作品賞を受賞した“一番弟子”の熊切和嘉監督が、監督補として師匠をサポートするなど強力な布陣が組まれた。

 満を持しての新作の舞台は幕末。京都の貧乏長屋で怠惰な日々を送る多十郎(高良)が主人公。長屋の連中は彼を不信がるが、近所の料理屋の女将、おとよ(多部未華子)だけが世話を焼いていた。実は多十郎は元長州藩の名うての侍。親の借金から逃れ、京都へ流れ着いた脱藩浪人だった…。

 ■自ら殺陣を指導!

 太秦撮影所や京都府内でロケを敢行。クライマックスの約30分にわたる多十郎対40人以上の侍による、竹林を戦場にした殺陣は圧巻だ。「この殺陣の場面を描きたくて脚本の構想が生まれた」と明かす。

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