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【ぴいぷる】美川憲一が語る“平成再ブレーク”の裏側 「ここで踏ん張らないと先はないと思ってました」 (1/2ページ)

 「55年っていうけれど、本当にあっという間だったわ。いろいろありましたけど」とニヤリ。歌手生活55周年を迎えてもなお意気軒高。

 「昨年はアメリカで入院したりもしたけど、よく頑張ってきたなって思いますよ。でもここで終わりじゃないの。60周年という目標ができたんだから」

 本当にいろいろあった55年だ。デビュー、ヒット、不祥事、低迷、そして再起。「私、現実を冷静に見てるから。思い上がったらダメなのよ。失敗があったから自分を変えることができたのよ」というように、平成の世に入ってからの再ブレークは「ここで踏ん張らないと先はないと思ってました」という強い思いが結実したものだった。

 1989年の正月特番で、ものまねタレントのコロッケと初共演したときが、いわゆる“ご本人登場”の第1号だった。「その前に誕生日パーティーに来てくれたコロッケに『私のものまねやんなさいよ』とアドバイスしたら本当にやってくれて。口を歪めてねぇ、ひどいわよねぇ。でも楽しくやってくれるならどうぞって感じだったわ」

 そして「もっと端っこ歩きなさいよ」のせりふがうけた、ちあきなおみと共演した金鳥「タンスにゴン」のCM。

 「私ね、実は自転車乗れなかったのよ。でも断ったら他の人にいってしまうと思ったから引き受けたの。休憩中に練習したわよ、そりゃあ。本番はうまくいったけど、監督から『ヨタヨタしてるのがイメージ通りだ』って。乗れないんだから、ヨタヨタするわよ。分からないものね」

 “美川憲一”というキャラクターがヒットしたのだ。それまでは“動かない”“しゃべらない”“笑わない”という歌手としてのキャラだったが、毒舌オネエキャラにシフトチェンジ。そのギャップがうけた。

 「キャラクターが受けるってことは歌のヒットとは違うのよ。キャンペーンで地方に行くと駅に着いた途端に人だかり。まるで化け物を見るような感じよ。ありがたいけど、いつか潮が引くって冷めてたわ。でもね、私は歌手だから、一生懸命に歌おうと思ったけど、これがまたちっとも売れないのよ」と苦笑い。

 きらびやかな歌手としても、再ブレークのきっかけも、ご意見番のキャラとしても、一貫しているのは「客を楽しませる」というエンターテインメント性。シャンソンの大先輩である淡谷のり子さん、越路吹雪さんから受け継いできたものだ。

 越路さんからは衣装には糸目をつけるなと教えられた。その越路さんは淡谷さんから同じ教えを受けていた。

 「お客さんは衣装も宝石もトータルで楽しみに来ているんだと。越路さんに『偽物を身に着けていると、イミテーションで終わるわよ』と言われたの。だから私、これまでのコンサートは衣装代で赤字だったもの」

 毒舌のご意見番としても、言いたい放題のようだが、エンターテインメント性は忘れていない。

 「厳しく言うだけなのは簡単。でも一つ間違えたら危険なの。言われた人も嫌だし、聞いてる人も嫌でしょ。厳しくても、どこか救いの手を伸ばすの。だからこそ、きつい言葉も伝わるの」

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