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【ぴいぷる】四代目・三遊亭圓歌、全力疾走で恩返し 「落語版400メートルリレー」師から受け継いだ名跡のバトン (1/2ページ)

 この春、三遊亭歌之介から師匠の名跡である四代目三遊亭圓歌を襲名した。先代は『授業中』の「山のあな、あな…」で一世を風靡した“昭和の爆笑王”だ。

 「師匠が80歳を過ぎた頃から、一門が集まった席で『四代目は“のすけ”(歌之介)に継がせる』と公言していましたが、私が『師匠、そんなことおっしゃらないで長生きされてくださいよ』と言うと『バカッ、80過ぎるといつポックリ逝くか分からないんだから、みんなの前でちゃんと言っておく』って、しょっちゅうおっしゃっていました」

 先代が旅立ったのは2年前。ぽっかりと心に穴があいた状態で喪失感が重くのしかかった。精神的なストレスで通夜から四十九日が終わる頃まで下痢が続き、顎関節症も発症した。

 「こんなにも師匠に頼っていたんだな、と。毎晩泣いちゃあ、ハイボールを15杯くらい飲んではベロベロになっていました」

 ある晩、居酒屋のテレビで、平昌オリンピックの女子スピードスケートの金メダリスト、小平奈緒選手のインタビューが流れていた。

 「オランダでの武者修行を終えたときに『心の断捨離ができた』と話すのを聞いて、断捨離はモノだけじゃないんだと気づかされたんですよ。師匠のことは忘れることはできないけれど、弱い自分は捨てていこうと思ってね」

 大きくあいた心の穴が少しずつ小さくなっていった。

 「師匠は高級品ばかりを身に着けていましてね。大島紬、結城に黄八丈と高価な着物が30枚。形見分けをしたんですが、丈が短くて私のひざまでしかないから、着るときは袴をつけてごまかしていますよ。長じゅばんはきょうも着けさせていただいています」

 昨年4月の「三代目 三遊亭圓歌 一周忌追善落語会」で襲名を正式発表。今年3月に帝国ホテルで開かれた襲名披露パーティーの出席者は454人。その場で、乾杯として供されたのは、なんと1本10万円といわれる高級ワイン「シャトー・ラトゥール」。

 「57本も注文しましたが百数十年の歴史を持つ帝国ホテルでさえ、乾杯に使われたのは初めてでしたよ」

 まさに日本中のラトゥールが一気に消えた日だったというわけだ。

 落語に興味を持ち始めたのは、大阪で過ごした高校生の頃。笑福亭鶴瓶のラジオ番組を聴き、テレビで見た桂枝雀の落語に衝撃を受けた。

 「自分が書いたもので人を笑わすことができないかと考えていくうちに、新作落語だったら自分で書いて自分で噺を演(や)ればいい。そんなとき『週刊平凡』で師匠の対談記事を読んだんですが『圓歌になってから弟子をとってない』とあって、最後に『四谷の自宅にて』と書かれていたんですよ」

 ひとりで新幹線に飛び乗って師匠宅を見つけて弟子入り志願をするも、「親の承諾書はあるかい」とばっさり。そこで母親同伴で再び師匠宅を訪ね、入門が許された。

 「師匠の家に通い始めて一生懸命働くと、3日目で名前を付けていただきました。色紙に『命名 三遊亭歌吾』と書かれ、師匠の好きな『芸道』という言葉も添えていただきました」

 独特のリズムで縦横無尽にギャグを繰り出し、古典新作も手掛ける“平成の爆笑王”。圓歌の名前だけでなく、「二つ巴」の出囃子も継ぐも、先代の“自伝的落語”ともいわれる『中沢家の人々』の噺は継がないのだろうか。

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