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【ぴいぷる】「矢野・兵動」兵動大樹 漫才で1人しゃべりで芝居で…愚直に磨いた“すべらん話芸” (1/2ページ)

 ■「深み、経験、説得力を突き詰め“兵動節”作りたい」

 トレードマークは、ハンチング帽と黒縁メガネ。「人志松本のすべらない話」(フジ系)で何度もMVS(Most Valuable すべらない話)を獲得した“しゃべり”の達人は、「子供の頃は口が重いし、しゃべりはヘタやと思ってました」と笑う。

 小学4年生のとき、世は漫才ブーム。「おもろい=カッコいいと思う大阪の子供」は、ダウンタウンに衝撃を受け、漫才師を志す。

 吉本総合芸能学院(NSC)に、素人時代からコンビ「へびいちご」を組む島川学と入学。しかし「おばあ(祖母)が、『市営住宅に住んでる人は芸人になったらあかんらしいって』と。おばあなりの(よくわからん)止め方だったけど、僕も島川もアホやから、うのみにして…」。

 いきなりコンビ解消。そこに、今の相方・矢野勝也がNSCに。「たまたま帰る方向が一緒」でネタ合わせ。披露してみると、「よう稽古してんな」と周りから絶賛された。

 「実は、稽古はしてなかったんですけど、“間”がおうたんですかね。で、次は1人でネタしようと(NSCでのネタ見せで)順番待ちしてたら、後ろに相方がいて、出番になったら、付いて出てきて…。来年でコンビ結成30年ですけど、組もうと思って組んだ覚えがないんです(笑)」

 本職の漫才で、数々の賞を取ってきた。ただ、「吉本印天然素材」でブレークした同期のナインティナイン、チュパチャップス(宮川大輔、星田英利)に比べれば、光の当たらない時間の方が長い。

 「僕は、漫才をしに入ったのでコントをようせんから、単純にスゲーなって。焦りはなかったです」

 状況が変わったのは、子供が生まれた時。漫才師の大木こだまに報告すると「子供が小学校にあがるまでの6年間が勝負や」と活を入れられた。

 「芸人と認識してもらうために漫才以外で世に出る手段はないのかなって。それで、1人しゃべりに本腰を入れようと思ったんです」

 2003年にライブ「兵動大樹のおしゃべり大好き。」を開き、07年からは月に1回、大阪・うめだ花月で始めた。

 「漫才にない、お客さんとの“間”が楽しい」と本人も乗りに乗って、いまや公演40回を超える。これがそののち、「足を向けて眠れません」という松本主宰の「すべらない話」に呼ばれ、本格的にブレークしていくきっかけになるのだから、どこでチャンスがめぐってくるかは分からない。

 ドラマ「無痛~診える眼~」(フジ系)、NHK連続テレビ小説「わろてんか」などで俳優業にも挑戦した。

 「映像に映ったとき、(この顔なので)アウェー感でてますよね。でも、良い悪いは別として存在感はあるのかな」

 居場所が違うだけに得るものは大きく、「『あのとき、こう思った』と語る時、ほんまに(僕が)その気持ちになれると、お客さんへの伝わり方も変わる。演技の勉強は全部、お笑いにかえってきています」。

 来月は舞台にも挑む。落語家、桂吉弥とダブル主演の「はい!丸尾不動産です。~本日、家をシェアします~」だ。

 「日頃おしゃべりで仕事をさせてもらっていますけど、芝居の中でもしゃべるという新たな分野のコメディーです」

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