zakzak

記事詳細

【ぴいぷる】加藤登紀子 歌手生活55周年 夫と母を亡くした後に気付いた「私が歌う意味」 (1/2ページ)

 75歳を迎え、人生の第4幕が開いたという。この秋、歌手生活も55周年を迎える。いまだに現役バリバリだ。

 「私も歌手になって最初のころなんて、何年も続くなんて思ってもいなかったわ。周りも誰も本気で私が歌手をやるとは思っていなかったの」

 周囲は歌手活動がいつまで続くかをお遊びで賭けていた。周囲は1、2年に賭けていたが「私は5年に賭けたの。だって何か悔しいじゃない」。

 しかし、デビューから3年ほどたったころ、何ともいえない生きづらさを感じていた。だから、歌手としてにっこり笑うことをかなぐり捨てることにした。

 「そこから日本酒を飲みながら歌う『ほろ酔いコンサート』の前身が始まって今も続いているの。そして『知床旅情』や『ひとり寝の子守唄』がヒットしたのに、結婚して歌手活動にピリオドを打ってしまいました」

 出産、子育てを経て、1年後に再びステージに立って歌い始めた。休んでいる間に、フォークやシャンソンに限らずオーティス・レディングやジョン・レノンなどありとあらゆる音楽を聴いた。その中で聴くだけでは物足りなくなっていった。本当に歌いたいという気持ちが目覚めたのだ。

 「そこからね、自分の意志で歌うようになったのは。それまでは責任を果たすのに精いっぱいで右往左往ばかり。それが結婚して子供ができて、自分の許容範囲でしか歌えないという思いになったことで自分のスタイルが生まれた気がするわ」

 ■自らに課した「2つのこと」

 歌手として活動する以上、自分に課していることががふたつある。ひとつは歌手としていい歌を歌いたいということ。もうひとつは、自分が生きてきた道を歌という作品で確かめていくことだ。

 「このふたつをやっていくにはね、大御所の珠玉の名曲と、私のオリジナルの曲が同じぐらいのパワーを持たないといけないの。これは大変でしたよ。だから私が(中島)みゆきさんの歌を歌って、(中森)明菜さんが私の歌を歌うといった双方向の活動ができたの」

 そんな55年の歌手人生を詰め込んだのが今年3月にリリースされたベストアルバム『あなたに捧げる歌』(ソニー・ミュージックダイレクト)。シャンソン、フォークから歌謡曲、フォルクローレ、琉球音楽…長いキャリアを象徴するように、全107曲6枚組というボリュームだ。

 「これでも随分圧縮したのよ。1枚のCDに入るギリギリの時間で選曲して。当初は5枚組の予定だったの。でも、それは早々に諦めていただきましたけど、フフフ」

 自身にとって、歌とはいったい何なのか。そんな問いに「うーん」としばらく考えると「やっぱり風邪を治すために歌うのかな」といたずらっ子のような目をみせた。

 冗談かと思いきや「でもね、コンサートツアー中なんかは、風邪を引かなくなったのよ。ステージってすごく気持ちいい場所なの。ハイパワーになるっていうか、日常生活の中で、そこまでテンションが高くなるなんてないでしょ。ありがたい場所よね」。

関連ニュース

アクセスランキング