zakzak

記事詳細

【カリスマ逝く 激動!!ジャニーズ】ジャニー氏が中居正広に託した郷ひろみへの「伝言」

★(2)

 CBSソニーのレーベル第1号「フォーリーブス」が1968年、『オリビアの調べ』でデビュー。オリコンのベスト10入りし好調な滑り出しだった。その勢いでジャニー氏から「フォーリーブスのバックで踊ってるいい子がいるんだけど、オーディションしてもらえないか」と言われた。

 ジャニー氏とスタジオにきた少年は、濃い眉毛と大きな瞳が印象的な申し分のないルックス。加えて彼がドアを開けた瞬間、雑然としたスタジオで、彼にだけスポットライトが当たっているようにきらめいた。

 歌声はその美形から想像がつかないアンバランスな浪曲声で、まさに彼こそアイドルだと直感。その場で採用を決めるとジャニー氏は満面の笑みを浮かべていた。

 ジャニー氏が彼を見つけたのは映画『潮騒』のオーディション会場。またもや新人探し中のジャニー氏の眼鏡にかなったのだ。

 岩谷時子・筒美京平というゴールデンコンビにデビュー曲を依頼。『男の子女の子』と『夢を追いかけて』の2曲が上がってきた。ジャニー氏は歌謡曲調の後者を押したが、どこか洋楽的で当時としてはまったく新しい、今でいうJ-POPの前者に決定。『夢を~』はB面になった。

 ジャニー氏とはよく意見が対立した。互いに同じ頂点を目指して闘う同志のような関係で切磋琢磨した。

 名前は、彼がフォーリーブスのバックで踊っているとファンが「ゴーゴーひろみ!」とコールすることから、郷ひろみに決まった。ジャニー氏のネーミングセンスは当時から頭抜けていた。

 郷は一気にトップを極めたが、順風満帆の中で事務所を辞めたいと言い出した。意思は固く、翻らなかった。後に郷の決別でジャニーさんは3日泣き明かしたと知り、胸が痛んだ。

 数年前のこと。NHKのスタッフから聞き、ため息をついたことがある。ジャニー氏が中居正広に託した郷への伝言だ。ジャニー氏は電話番号にいまだに郷の名前の語呂合わせを使っており会ってあげてほしいという内容だったそうだ。

 郷ひろみのアーティスト像を追う、ジャニー氏の執念を感じた。(音楽プロデューサー・酒井政利)

関連ニュース

アクセスランキング