zakzak

記事詳細

【ぴいぷる】ダークダックス・遠山一「結婚のためにダークを選んだ」 貴重音源で歩みをたどる『プレミアム・ベスト』リリース (1/2ページ)

 こんなに心地よいインタビューがあっただろうか。それもそのはず、ゾウさんの低音ボイスが心に入り込んでくるからだ。いつから、そんな声なんですか。

 「それがね、小学校のころから低音だったんですよ」

 えっ。本当ですか。

 「声変わりする前から低かったの。小学校のころ、ユニゾンで合唱したときでも、僕はひとり下でハモっている感じだったんですよ」

 1951年、慶應義塾大学のワグネル・ソサィエティー男声合唱団に所属していた4人で結成されたダークダックス。佐々木行(マンガさん、リードテナー)、喜早哲(ゲタさん、バリトン)、高見澤宏(パクさん、トップテナー)の3人はすでにこの世を去り、バス担当のゾウさんが1人でダークを守っている。

 「すっかり寂しくなったね。当時のことでも記憶が抜けているところもある。ただ、聞ける人ももういない。だから間違ったことを話すと、上から怒ってるんじゃないかな」

 ダークダックスと言えば、いまや立ち飲み屋で場所を詰めるときに「ダークする」というほど親しまれ、男声4重唱の代名詞となっている。

 「当時はキングとかクイーンとかトランプから名付けるグループが多かったので、違うところから付けようと思ったんです。で、黒人霊歌に陶酔していたんで黒をイメージしたダーク。で、ほめられるような声じゃないということでアヒル、ダックス。謙遜したほうがいいぜってことでね」

 そんなダークの歩みを貴重な音源でたどるのが、このほどリリースされた『プレミアム・ベスト-我ら60年の歩み』(ユーキャン)だ。黒人霊歌からロシア民謡、アメリカン・ポップス、そして『山男の歌』のような日本の歌まで、ゾウさんがセレクトした。

 「アメリカン・ポップスのパートとか、結構バスのソロのあるヒット曲が多くてね、なんか自分がちょっと目立っちゃって(笑)。これはちょっとまずかったかな」

 慶応大を卒業後、東京藝術大学の声楽科に進んだ。クラシックの世界も考えていた。それがなぜダークを選んだのか。

 「決断の理由は、女ですよ。フフフ」

 ドキッとした記者に、ニヤリと笑うと「大きな声じゃ言えませんが…女房ですよ。結婚するとなるとクラシックは何かと制約が多かった。それでも藝大に入ったんだからと悩んでいたんです。で、3人に相談すると、私以外のメンバーは絶対にないという。だから藝大をやめて、結婚のためにダークを選んだんです」。

 デビューした50年代、まだプロのコーラスグループは少なかった。

 「ディック・ミネさんからは『お前ら4人でやったってしょうがないだろう。1人のほうがギャラももうかるのに、何バカやってんだ』って言われましたよ。でも、まだダークがショボショボのときでも意外と仕事はあったんですよ」

 出演したNHKの番組を聞いたジャズ演奏家で司会者の小島正雄氏に声をかけられ、セミプロ時代からラジオ東京(現TBSラジオ)で『味の素ミュージックレストラン』にレギュラー出演していた。

 「NHKの最初のギャラは4人で3200円でしたよ。今思うと、やっぱり少ねえなって感じですよね(笑)」

関連ニュース

アクセスランキング