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【ぴいぷる】ニッポン放送アナウンサー・飯田浩司 番組に“ひと味”加える現場の空気感! (1/2ページ)

 すっかり「朝の声」だ。ニッポン放送平日朝のニュース番組「飯田浩司のOK!Cozy up!」(月~金曜朝6-8時)が、通勤途中のビジネスマンらに「分かりやすく、深みがある」「明るく、面白い」などと話題になっている。

 6月からは、夕刊フジでも連載「そこまで言うか!」(毎週火曜)をスタートした。政治や経済、外交、事件などを独自の視点で発信している。ラジオと夕刊紙の異色コラボだ。

 アナウンサーを志した原点は、スポーツ実況だという。

 「小学6年生の時、放送委員会で運動会の放送を担当することになったんです。その時、『赤組、頑張ってください~』とか言ってもつまんないなと思って…」

 担当競技は、下級生の徒競走だった。オグリキャップや、トウカイテイオー、ミホノブルボンなどのスターホースが勢ぞろいした競馬中継と重なった。

 「実況中継風で行こうと思いました。名前は分からないので帽子だけで、『4コーナー回って直線、赤が来た! 赤が来た! 外から青が差す! 青が差す! 青が1着でゴールイン!!』とやったら、父母からすごくウケて(笑)。『アナウンサーって面白い仕事かも』と思いました。下級生の担任教師からは『私の児童は馬じゃないのよ!』って怒られましたけどね」

 就職活動では、スポーツアナウンサーを目指した。2004年、念願叶ってニッポン放送に入社した。ただ、担当はバラエティー番組の中継ばかり。「毎日中継車でどこか行って、人と会話して、帰ってきて怒られる。そうして過ごしていましたね」と振り返る。

 現場でのトラブルも日常茶飯事だった。

 「打ち合わせでは、すご~く面白い人が、本番では緊張して銅像のように黙り込んでしまって焦りました。本番5秒前に、おまわりさんが来て、『そこで中継なんかできないよ』と言われたことも。一生懸命準備した中継が『時間が押しているからカット』って(苦笑)」

 中継の面白さに目覚めたのは、2006年から始まった「小倉智昭のラジオサーキット」だった。

 「1つの街を決めて、3時間かけて掘り下げる番組でした。『渋谷って、こんなにエロい場所もあるんですねぇ~』なんて、潜入取材もやりました。見てきたものを言葉で伝えながら、小倉さんとやりとりするだけで、ちゃんと番組が成立するんだなと新鮮でした。最初は遠慮気味でしたが、だんだん、『居酒屋があるので、一杯やりながら中継しますね』とか、『銭湯行って風呂入りながらやります』とか…。こういうこともできるんだって、すごく面白かったですね」

 人気アナウンサーとなっても現場主義は変わらない。

 「(番組に出演する)コメンテーターの方々にはかなわない。私が加えられるとしたら、現場行って、どうなっているか、その空気感を伝えることだと思います」

 あえて自身の意見を出さず、コメンテーターの見解を聞き出す役に徹している。

 「著書や資料を事前に読み込んで、『こんなことが言いたいんだな』って準備しておく。コメンテーターの方々が言いたいことが出やすいラストパスをすると、ストライカーが多いので、喜んで決めてくれる。そこに面白さを見いだしました」

 日々の情報収集では、どのようにニュースに触れているのか。

 「(元内閣参事官で嘉悦大教授の)高橋洋一さんから『何で、新聞を100%信じちゃうの?』と、役所の発表物やプレスリリースなど、一次情報に当たる大切さを学びました。気になったニュースも、記事だけでなくリリースを見るとまったく違う。最近のネット中継も重宝していますね」

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