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「歌舞伎町の女王」真由美ママの人生訓にイカされっぱなし!

 先日、地元である東京・新宿の歌舞伎町を歩きました。前日夜の酒が残っていてフラフラでしたが、行きつけの店でビールを引っ掛けて、私が青春時代を過ごしたあの頃と、現在の全く変わってしまった歌舞伎町に、懐かしさとむなしさを交差させながらさまよったのです。

 この日、向かった先はスナック「港崎(みよざき)」。真由美ママとの久しぶりの再会の取材でした。ママは若い頃に新宿のソープランドでナンバーワンに登り詰め、当時の週刊誌や専門誌にひっぱりだこだった、まさに「歌舞伎町の女王」。現役を退きスナックを始めたのです。

 店名の由来はママの地元である横浜にあった遊郭から名前をとっています。私が歌舞伎町でラーメン屋の出前のバイトをしていた高校時代、ママが務めていたお店で働く姉さん方の控室に何度も出前したものですから、ママとはそこですれ違っていたかもしれません。否、バイトの給料でママが働いていたお店に通っていたこともあるので、もしかしたらママがお店で相手した5万本の中の1本が私だったかもしれません。

 この日は改めてママ人生のお話を聞かせてもらいました。ママから発せられる実人生から来る一言一言に私はもとより、若いスタッフは感銘を受けてイカされっぱなしです。この日の取材は2店舗の予定。次の店に向かうためにママとお別れの時間になると、「あの店は私も古い仲だから、私もついていっちゃおう」とのサプライズ。ママはお店のコスチュームであるソープランド時代をほうふつとさせる派手なスタイルのままお店を閉めて、私と次の店に歩いて向かいます。

 私と真由美ママは双方とも酒が入ってフラフラ。肩を組んで昔の歌舞伎町を懐かしみます。

 「オスローバッティングセンターのおじさんたちもいなくなっちゃったねぇ~」

 「その向かいに飲み屋の白川郷があったじゃん!」

 「そうなのよ~。今はホテルになってるけど」

 歌舞伎町のさくら通りからあずま通りへ。

 「ママ、ここに便利なスーパーがあったよね」

 「スーパーエニイでしょ?」

 「そうそう、1日中やってんの!」

 「何でも売ってて私もよく買い物したわ~」

 その跡地の横にある今や絶滅種である箱型ヘルスに目が行きました。

 「ママ、隣のヘルスはまだやってるんだ」

 「ここはいいお仕事する店だからね」

 「オレもよく出前を届けたんだよなぁ」

 「ここと違って注目されたヘルスあったでしょ? あれ注目されだしたら手入れ受けちゃってねぇ」

 「ったく、クリーンな歌舞伎町なんてつまらねぇよ」

 「そうよねぇ、私たちの頃って怖いところあっての歌舞伎町だったもんね」

 「スリルがない街は街じゃねぇよ!」

 真由美ママと私の歌舞伎町の今昔物語の「道中付け」で夜が更けて、次の取材のお店の記憶は全く残っていなかったのです。あ~ぐでん~ぐでん~。

 ■玉袋筋太郎(たまぶくろ・すじたろう) お笑い芸人。1967年6月22日生まれ。東京都新宿区出身。86年にビートたけしに弟子入り。TBSラジオ「たまむすび」(金曜)、TOKYO MX「バラいろダンディ」(火曜)にレギュラー出演中。2013年から一般社団法人全日本スナック連盟会長。著書に「スナックあるある この素晴らしき魑魅魍魎の世界」(講談社)、「スナックの歩き方」(イースト新書)など。

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