zakzak

記事詳細

【ぴいぷる】“霧”のアーティスト・中谷芙二子さん「霧の悪いイメージ変えたかった」 (1/2ページ)

 ■悪いイメージの払拭

 「霧の彫刻」で国際的に知られる。きっかけは大阪万博(1970年)のペプシ館。参加していた米国のグループ「E.A.T.(芸術と技術の実験)」のプロジェクトとして、パビリオンを人工霧ですっぽり包んだ。

 こだわったのは、化学的に発生させる霧ではなく、純粋な水、飲める水を使った霧であること。高度成長まっしぐらの時代。人の視界を遮る霧は、交通や運搬を妨げる厄介なものとされ、スモッグなど大気汚染も顕在化しつつあった。

 「霧の悪いイメージを変えたかった。人が自然や環境とやりとりできる霧がほしかった」と振り返る。

 とはいえ、純粋な水霧を大量発生させる技術は当時、探しても見つからなかった。専門家によると、自然の霧と同じサイズの微粒子に水を砕き、噴射する技術が見つかれば可能との結論だったが、日本で開発に手を挙げるメーカーは皆無。あきらめかけた矢先、協力を快諾してくれたのが、カリフォルニアの小さな研究所だった。万博で初めて実現した「霧の彫刻」は、この会社が開発してくれた微粒子ノズルのおかげ。そのノズルは50年後の今も現役だ。

 ■自然受け止め応える

 以降、環境彫刻やインスタレーション、パフォーマンス、公園設計など、世界で80を超える霧の作品を発表してきた。

 「霧はその場の環境を読み取り、風に寄り添い、大気と響き合って刻一刻と姿を変えます。環境が彫ってくれる霧の千変万化こそが、霧の彫刻」と語る。最後は自然に委ねるのが霧の彫刻の作法だが、霧のパフォーマンスを最大限に引き出す工夫がある。

 一番大事なのは場所選び。「“借景”です。例えば主客然とした立派な大木が霧に隠れ、遠くの教会が急に際だって見えたりする。そんな風景の中の主従逆転劇も風のパフォーマンス」という。

 地形の高低差や地表の凹凸によっても空気の動きは変わる。加えて気象条件、特に風は大切だ。風向風速や風の道の分析など、専門家にアドバイスしてもらいながら霧の設置場所を選び、ノズルの数を決め、密度や噴射角度などを調整する。

 「当初、霧を追いやる風は邪魔者でした。霧を長く滞留させるため地表を凸凹にしたり、樹木を植えて風をコントロールしようとした。やがて霧や大気の習性が少し分かってくると、『やれるところまでやってみて』と霧に語りかけ、楽しむ余裕が出てきた」と笑う。

 「自然はその摂理に沿って動く。それを素直に受け止め、応えればいい」

 ■背景にある父の教え

 長年、雪氷研究に打ち込み、自然と誠心誠意向き合い続けた実験物理学者の父、中谷宇吉郎(1900~62年)の教えが、背景にある。

 代表作の一つ、国営昭和記念公園こどもの森(東京)にある「霧の森」。時間ごとに霧が辺りに立ち込め、子供らの驚く声、はしゃぐ声がこだまする。

 霧の中に入ると視界は遮られ、一瞬不安になる。普段の生活がいかに視覚頼りなのかを思い知らされる。でもそこから、大人も子供も想像力をフル回転させたり記憶をたどったりと、視覚以外の感覚を働かせていく。

 「自然現象はつかみきれないから、楽しい。霧の彫刻は、人と自然の関係に自由を取り戻してくれるでしょう」

関連ニュース

アクセスランキング