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【ぴいぷる】劇作家・小説家、本谷有希子 「現実」より「スマホの画面の中」に居場所を求める危うさ (1/2ページ)

 都内のとあるビルの7階外階段での撮影。高所恐怖症のこちらはもぞもぞだが、ご本人、「高いところは好きですよ」と周囲を見渡している。

 このほど上梓した『静かに、ねぇ、静かに』(講談社)は、SNSなどインターネット社会に翻弄される人々をブラックに描いた3編を所収。すでに“重版出来”となっているが、意外にも2年前に受賞した芥川賞後、初の作品になる。

 「受賞のプレッシャーは半年で消えました。でも、1年ぐらい書いては捨て、書いては捨ての繰り返しで、最後まで書き切ることができないという悩みの方が根深かったですね。ついに、この内容はいま書きたいことではないのだと、見切りをつけて気晴らしに友人とマレーシアに旅行にいったんです」

 その旅が、今回の小説集を生み出すきっかけとなった。

 「目の前の景色そっちのけでスマホで写真を撮ったり、ホテルに帰ってもスマホの画面を見ながら、まるで他人の旅行の感想のように語り合っている、そんな時間があったんです。そのとき、何か不自然なことが起きているな、と思いました。帰りの飛行機の中で、そのことが小説になりそうな手応えみたいなものを感じ、最初の一文が出てくるんじゃないかという予感がした。だから帰国してすぐに書き始めました」

 マレーシアの経験を生かした「本当の旅」を最初に書いた。作中で同地を旅する40代近い男女3人は旅先の剣呑(けんのん)な状況の中でもラインでのやりとりを欠かさない…。

 「物語の語り手の“声”だけを聞いていると、若者に読めますが、それは彼ら自身の錯覚で、精神的にもある年齢で止まっていて、現実よりもスマホの画面の中に居場所を求めているんです。若い人が見なければいけない現実より、彼らが見る現実の方が可能性が狭まっている分、酷。だからそんな現実を異様なまでに見ようとしない。画面の自分たちは明るく幸せそうだということで満たされてしまう、そんな危うさを書きたかったんです」

 本作を皮切りに4、5作を書き上げ、そのうちの3作を今年2月に文芸誌「群像」に発表した。

 「私自身はSNSをやりませんが、SNSってよくないね、みたいな話はつまらない。不自然だと思うことが自然になりつつあることに、気持ち悪さを覚えている今だからこそ、こういう小説が書けました。でもこの先、何で気持ち悪かったかということすらわからなくなってしまうかもしれない」

 不自然が自然になってしまうことへの恐れも作家を動かした。

 「SNS問題に切り込む、といったようなテーマを先に設定してしまうと、それに縛られて書けなくなるんです。生活の中で、ちょっとした違和感や不自然さみたいなものを書き出していき、自分でも何を書いているかわからない状態から入った方が、思ってもいないことが出てきたりして、小説として広がるし、書いていて楽しいです」

 2000年に劇団を立ち上げてから20年近く。演劇でも岸田國士戯曲賞などを受賞し、演劇、小説の“二刀流”とも言える。『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』(05年)という鋭ったタイトルもあったが、時を経て、『異類婚姻譚』で芥川賞を受賞した直後、「ゆるく書くことでテーマが浮かび上がる。以前は語り手が暴走してましたが、違う表現ができるようになった」と語っていた。そうした変化はさらに充実したのだろう。

 「今までになく、多くの人が思い当たるような内容の小説になった気がします。身近なことを書こうとしてうまくいかなかったその反動で、ふと目を上げた遠くの景色を書いた感覚がありますね。近くばかり見ていると、全体がわからなくなります」

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