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《zak女の雄叫び お題は「平成」》次代に求められる「認知症にやさしい社会」

 平成時代に大きく変わったものの一つが、認知症に対する考え方や介護のあり方だろう。かつて、家族が介護をするのが一般的だったが、平成12年に介護保険制度が始まり、家族だけでなく専門家の力を借りた介護が広まった。施設に預けたり、訪問介護を受けたりすることへの抵抗感も減ってきたように感じる。

 私の祖母が認知症を発症したのは3年ごろだったと思う。介護したのは、嫁である私の母だった。今でも当時を思い出すと、母は涙を流す。平成の初期は、家族による認知症の介護が本当に大変な時代だった。いや、今でも本当に大変なのだけど…。

 そんな家族の大変さへの理解が進んだきっかけの一つになったのが、愛知県大府(おおぶ)市で鉄道事故に遭遇した認知症の男性=当時(91)=の遺族に、JR東海が損害賠償を求めた民事訴訟だ。亡くなった男性の遺族に昨年、取材をさせてもらった。

 事故の経緯は19年、認知症で要介護4の認定を受けていた男性が線路に立っていたところ、電車にはねられ死亡したというもの。22年、JR東海が振り替え輸送費用など約720万円の支払いを求めて提訴し、1審判決は妻と長男に全額を、2審判決は妻にのみ半額の賠償をそれぞれ命じたが、28年、最高裁は賠償義務をすべて否定し、JR東海の訴えを棄却した。

 取材を受けてくれたのは、亡くなった男性の長男。認知症に気づいたのは、父親が84歳だった12年ごろ。父親は大府市内の自宅で母親と暮らしていたが、症状が進行し、遠方に住んでいた長男の妻が近くに移り住み、介護に加わった。

 外出願望が強かったのが一番の悩みだったという。どうしても外に出たがるときは「お茶を飲もう」「テレビを見よう」と気をそらし、だめなら一緒に外に出る…。だが、一瞬目を離したすきに、父親は事故に遭遇した。

 判決後、認知症の人が「加害者」になった場合の損害を補償する民間保険が多く誕生。自治体が、保険料を公費負担したり、公費から給付金を出して賠償したりするなど、認知症の家族に賠償の負担を負わせない制度も生まれた。決して人ごとではない。認知症の人は6年後には700万人、高齢者の5人に1人が発症するとの推計もあるのだ。

 長男は取材の際、「認知症は誰がなってもおかしくない、恥ずかしくない病気だということを訴えたい」と話した。だが、認知症の家族が肩身の狭い思いをしたり、介護離職せざるをえなかったりする例は少なくない。介護を苦にした殺人や無理心中などの痛ましい事件も後を絶たない。

 認知症の人や家族を孤立させない、やさしい社会をこれからどう作っていくか。令和の時代の課題だと思う。(K)

 大阪の生活記者、42歳。

 【zak女の雄叫び】取材や日常…。女性記者21人が月ごとのキーワードで本音を綴るリレーコラムです。4月のお題は「平成」です。

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