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【ぴいぷる】この国の行く末は…ニッポンが消える前に 「持てる力を持って国に協力するのは当然だと思う」 数学者・藤原正彦

 数学者にして文筆家の目に、この国の行く末は決して明るくは映らない。

 ここ十年余り、グローバリズムのかけ声のもと、ヒト・モノ・カネが自由に国境を越え出した。

 「規制はもともと弱者を守るためのもの。そのタガがはずれれば一握りの富裕層と大多数の貧者を生み、富の二極化が起きるのは自明のこと」と、歯ぎしりする。

 かたや国は、労働力不足に対応するため4月から外国人労働者の受け入れを開始、今後さらに増員するという。

 「本当は安い労働力だけが不足しているということ。政府は財界の言うことを聞き過ぎです。その上、PC(=ポリティカル・コレクトネス)と呼ばれる弱者至上主義が跋扈(ばっこ)し、誰も移民政策を批判しない。すでにヨーロッパの都市は移民激増で瓦解し、後悔の涙にくれています」

 「国は外国人を5年で約35万人受け入れるという。彼らがそのまま日本にとどまり結婚し、例えば子を3人もうければ、100年後には混血の子を含め10倍に、200年後には100倍にふくれあがる。日本人が消え日本という国さえ消えるかもしれない。単純計算でも分かるこの深刻な問題になぜ、国、マスコミ、人々は鈍感でいられるのか」

 ターニングポイントは1997年だったという。

 「小泉・竹中政権が始めたアメリカ主導のグローバリズムの弊害がボディーブローのように効き出し、非正規雇用や少子化が進んでいきました。今や年収200万円以下の人の数は1600万人。なのに大企業の内部留保は470兆円と史上最大なのですから」

 「元駐日仏大使で詩人のポール・クローデルは言いました。戦争で日本の敗色が濃くなった昭和18(1943)年、『世界で生き残ってほしい民族を一つあげるなら、それは日本だ』と。珠玉のようなその日本が、このままだと消えてしまいそうなのですよ」

 この度、そうした苦言・提言を10年間続けた週刊新潮の名コラム『管見妄語』に終止符を打ち、『失われた美風』という本にまとめた。

 父は気象学者にして作家の新田次郎。日本を愛したポルトガル人の生涯を描いた長編『孤愁〈サウダーテ〉』執筆中の80年2月、心筋梗塞で急逝する。藤原さんは当時の父の取材メモを握りしめ、父が訪ねた国と場所、遭遇した人々、取った食事までそっくりたどることでその魂を引き継ぎ、30年かけて未完の小説を完結に導いた。

 「強い怒りにかられてね、あんなに真摯に執筆に打ち込んでいた父がどうして死なねばならなかったのか、と。運命を激しく呪いました。だから父のあだを討ってやると燃えたんです」

 その父は還暦を迎えたとき、「これからは長編に絞る」と宣言していた。

 「だから遅ればせながら僕もこの辺でと思ってね。父にあって僕にないのは自然の卓越した描写力、父になくて僕にあるのはユーモアと女性の心理描写。父よりもてると僕は自認してますからね。堂々たる長編に仕上げたつもりです」

 数学の道へ進んだのは大伯父で中央気象台長だった藤原咲平の一言。3歳か4歳のときのことだ。

 「1日に2粒の米を食べるネズミは1年で何粒食べるか」と問われ、すぐに「730個」と回答。計算法を聞かれ、300、60、5を各2倍したのち足したと言うと、数学のセンスがあるとほめられたのだ。

 咲平は後に米本土攻撃を目的とした風船爆弾の研究にかかわったとして公職追放される。

 「僕は持てる力を持って国に協力するのは誰にとっても当然だと思う。家に賊が侵入したとき家族を守るために戦うのは当たり前です。批判すべきは、その“背景にあるもの”でしょう」

 本質を見抜く目を持つ人が増えるなら、その日を待つのも悪くない。未解明の数学の定理は山積で、1問解くのさえ優に数年はかかる。

 「何事も数学者はしつこい人種だからねぇ」

 ニヤリと笑った。(ペン・冨安京子/カメラ・桐山弘太)

 ■藤原正彦(ふじわら・まさひこ) 数学者、作家、評論家。お茶の水女子大名誉教授。1943年7月9日、満州国・新京生まれ、長野県育ち。76歳。68年、東京大学大学院理学系研究科修士課程数学専攻修了。『若き数学者のアメリカ』『国家の品格』『国家と教養』など著書多数。

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