【プーチンの国より愛を込めて】低賃金で激務「限界迎えたある老教師」 - zakzak:夕刊フジ公式サイト

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低賃金で激務「限界迎えたある老教師」

 ドブラヴィーチェル、親愛なる日本の皆さま!

 友人の親戚が私をお茶に誘ってくれたのは晴れた冬の日でした。彼らのアパートで友人の70歳の叔父ボリスに会ったとき、私は祖父母のような温かさを感じました。

 ボリスもこの世代のロシア人同様、社会主義の時代からソ連崩壊を経験しながら、多くの困難を乗り越えてきた人でした。彼は元々ロシア北部の石油会社で働いてたのですが、厳しい作業と寒い気候のために肺を悪くしてしまい、55歳で退職して妻とともに地元に戻ってきました。

 しかし、年金だけでは生活していけないため、ボリスが選んだ第2の人生は、学生時代に教育課程を学んでいたことを生かした高等専門学校の物理教師の職でした。ボリスにとって教えることは天職だったようで、彼は生徒たち一人一人の特技や才能を見つけ、献身的に彼らに接していきました。

 でも、一般的に教師の職が低賃金のロシアでは常に有能な若い教師が不足しているので、ボリスが教える科目数は年を追うごとに劇的に増えていきました。その上、仕事が増えることを拒否しなかったボリスでしたので、結果的に彼は1日の大半を学校で過ごす羽目になったのです。

 そして、コロナウイルスが流行した昨年に遠隔教育が始まると、時間外でも生徒に対応できるようにと、朝早くから夜遅くまでコンピューターの前に座り授業を続けていた彼も、ついに家族経由でコロナウイルスに感染してしまいました。

 幸いにも軽度の症状だったボリスは自宅療養になりましたが、学校側は療養中も彼の自宅に毎日電話をかけ続け、仕事をするように強いてきました。すでに高齢を理由に2度も給料を下げられた上、あまりにも自分の親切心を利用されていると感じていたボリスにとって、こうした学校の仕打ちは我慢の限界でした。

 彼は病状が回復したときに学校を辞めることに決めましたが、人手不足の学校は彼を手放したくありませんでした。彼らは怒気を含んだ口調で「元気そうに見えますよ。来年まで働いてくれないと困ります」と責め続け、それでもボリスの退職の意思が固いと知ると、今度は一転して彼に一日中何百もの書類に署名させ学校からほうり出し、ボリスの献身的な15年の教師人生の最後は後味の悪いものとなってしまったのです。

 招待のお礼を言い、ボリスの自宅を後にした私は帰り道中ずっと考え続けていました。

 年長者たちの知恵と経験は時に宝物のような価値があると言うのに、わが国には長幼の序の精神はもうないのかと…。

 ■ジュリア・ミント 1994年ロシア連邦バシコルトスタン共和国生まれ。エカテリンブルクの医科大を経て、現在は大学院で眼科学を専攻する傍ら、日本人コンポーザー・トモキヒラタと共にノーザンスタイル・ダンスミュージック・ユニット“Crystal Mint”を結成。シンガーとして、主にヨーロッパで活動中。特技は英語、腕立て伏せ。(crystalmint.info)

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