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大船渡・佐々木、登板せず終戦…指揮官の判断は英断か独善か 同校野球部OBは涙「エースで4番が出ない…子供たちは納得できているのか?」 (1/2ページ)

 英断か、それとも独善か。最速163キロを誇る“令和の怪物”こと大船渡・佐々木朗希投手(3年)は25日、岩手県大会決勝の花巻東戦(岩手県営)に登板も打者での出場もなく、2-11で敗れ同高の35年ぶりの甲子園出場は夢と消えた。前日の準決勝・一関工戦に先発し129球を投げた右腕の登板回避の理由について、国保陽平監督(32)は「ケガの可能性を防ぐため」と説明。甲子園出場よりも、選手の未来を守ることを優先した格好だが、その判断は物議を醸しそうだ。(片岡将)

 「私が判断した。故障を防ぐために投げさせませんでした。理由は球数、登板間隔、気温です。(佐々木の状態は)筋肉の張りとかそういう程度。特に痛いとかそういうのはなかった。甲子園という素晴らしい大会、舞台が決勝戦を勝ったら待っているのはわかっていたが、この3年間のなかで一番壊れる可能性が高いと思った。私には(起用を)決断できませんでした」。国保監督は淡々と説明した。

 朝に佐々木の練習をみて、「全身に張りがある」と判断し欠場を決めたというが、佐々木本人および他のナインには、「先発回避」という点だけを伝えていたという。

 24日の準決勝、一関工戦前に県高野連の医療スタッフに右肘の違和感を訴えていたとの情報もあるが、問題なく129球を投げて完封している。

 これまでは起用に関しても選手と話し合いを持ってきた国保監督だが、ここでのエースの欠場に関しては「選手たちの心に一生残ることになるかもしれない。その重い部分は大人が決断するべき」と指揮官の責任で断を下した。

 21日の盛岡四戦で延長12回194球を投げた翌日(22日)の準々決勝・久慈戦ではチーム全体が佐々木の欠場を予期し、「勝ってもう一度朗希を先発させる」という意思統一が取れていた。しかし、この日は甲子園行きが掛かった決勝で、相手は前年覇者で最強の敵の花巻東。途中からであってもエースと主砲を兼ねる佐々木の出場を期待していた選手もいたはずだ。

 高校野球最後の試合をマウンドに立つことなく終えた佐々木は「監督の判断なのでしようがないと思います。高校野球をやっている以上、試合に出たいという気持ちがあるのは当然。投げたい気持ちはありました」と無念を口にした。

 一身に重圧を背負ったのは、今大会初登板で先発を任された右のサイドスロー、柴田貴広投手(3年)だった。110キロ台の直球と100キロ前後の変化球でコーナーを丁寧に突く投球で粘ったが、失策絡みで3回までに4点を失い、5回にも1失点、6回には決定的な4失点を喫した。6回9失点(自責5)。

 「少しでも甘く入るととらえられて、厳しいコースは見極められた。自分が投げるときは朗希を休ませたいとき。自分が頑張って少しでも長いイニングを投げなきゃって思っていたんですけど、力不足で…。朗希の高校野球を終わらせてしまった。甲子園で暴れさせてやりたかった。みんなの夢を壊してしまった。申し訳ないです」とむせび泣いた。

 試合後のロッカールームで「オレのせいで、ごめん」と謝る柴田を、佐々木は「違うよ。気にすんなよ」と気遣ったが、チームメートに代わって重圧をエースとして背負ってやりたかったのが本音だろう。

 この日、三塁側スタンドで声をからした大船渡の大応援団の中にも、国保監督の判断に疑問を呈する声はあった。

 自身も同校野球部OBで、この日スタメンで出場したある選手の父は「ここまで来たら勝たなくちゃいけないよ。エースで4番が決勝戦に出ないなんて…。涙も枯れちゃったよ。子供たちは納得できているのかな?」と目元を拭った。35年ぶりの聖地へあと一歩のところまで来ていた地元からは、やるせなさが漏れ聞こえた。

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