記事詳細

【大前研一 大前研一のニュース時評】米国を代表する雑誌に育てた『プレイボーイ』創業者 亡くなってもなお美女の横で眠るとはヘフナー氏らしい (1/2ページ)

 米国の男性誌「プレイボーイ」の創業者、ヒュー・ヘフナー氏が9月27日、ロサンゼルスの自宅で死去した。91歳。老衰だった。

 ヘフナー氏は、保守的な風潮が強かった1953年に「プレイボーイ」を創刊、ヌード写真のほか、黒人公民権運動の指導者、キング牧師のインタビューなど硬派な記事も掲載し、同誌を米国を代表する雑誌に育てた。

 実は私はプレイボーイ本社の筆頭副社長と仲がよく、90年代の後半にロサンゼルス・ビバリーヒルズの丘の上にあるヘフナー氏の豪邸(別名プレイボーイマンション)に招待されたことがある。ここは、ハリウッドのセレブたちがウサギの格好をしたプレイメイトたちとどんちゃん騒ぎを繰り広げたことでも有名な豪邸だ。

 私は当時、新時代のビジネスモデル創造を志す企業経営者の勉強会「向研会」を設立した直後で、その初期のメンバーも連れていった。あの洞窟のあるプール・サイドでバーベキュー・パーティーをやっていたら、何とプレイメイトを3人呼んでくれて、「奥さんに見せられないな」と言い合いながら、ツーショット写真を数多く撮ったことを思い出す。

 この邸宅はすでに230億円で隣人に売却されているのだが、ヘフナー氏が亡くなるまで使っていいという条件だったという。もちろん、230億円の中にはプレイメイトは含まれていないが。

 ヘフナー氏は、86歳だった5年前、60歳年下の元プレイメイトと結婚した。結婚式の5日前に婚約破棄され、その後、復縁するというドタバタ劇を演じたことも、ヘフナー氏らしかった。この新婦、数年ガマンすれば遺産が入ってくるので翻意したのではないか、さすが「プレイメイト」と当時話題になった。

zakzakの最新情報をSNSで受け取ろう