記事詳細

【富坂聰 真・人民日報】習近平氏の権力ゲームではない、憲法改正が示す政治の左傾化 (1/2ページ)

 第13期全国人民代表大会(以下、全人代)が開幕した。

 初日の政府活動報告を首相の李克強が発表したのを受けて原稿を書いている。はっきりいってどこから手を付けてよいのやらわからないほど扱うべき視点があふれている大会だと言わざるを得ない。

 日本のメディアの多くは、今回の大会の目玉は憲法改正と人事としてまとめている。

 憲法改正は、国家主席の任期を取り払い、2期10年と定められていた枠をのぞいたことで「終身主席」が可能になったと伝えられている。

 また人事では王岐山の国家副主席就任の有無と昨秋に党中央政治局常務委員(常委)の昇格を見送られた胡春華がどういう扱いになるのかが焦点とされている。

 もちろん、いずれも重要な視点だが、それだけではない。憲法改正も習近平氏が自在な人事をすることも、いずれ「習一強」という言葉に収れんするのだろうが、そんなことをいまさら確認してどうなるのだろうか。

 習近平指導部の発足後に真っ先に消えた用語に「集団指導体制」という言葉がある。これは筆者も2014年に書いているが、指導部が始動した1年後の中国版紅白歌合戦で、本来なら常委全員の顔が並ぶ場面で習氏一人であったことからも明らかであった。

 つまり、現在の憲法改正などは、そうした現実を法律の面から補強する作業に過ぎないということだ。

 憲法を改正することについては、5年に一度の党大会後には、たいていマイナーチェンジが施されてきているので、決して珍しいこととはいえないだろう。

 少なくとも「習近平思想」なるものを党規約に書き入れたのなら、当然のこと憲法にも反映しなければならないからだ。

zakzakの最新情報をSNSで受け取ろう