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【高橋洋一 日本の解き方】時間のムダだった「愛媛県文書」騒動 確認取らず公表する醜態、ダブスタ目立つ「反アベ」の人 (1/2ページ)

 先日の本コラムで、加計学園をめぐり、安倍晋三首相と加計孝太郎理事長が面談したなどと記述された「愛媛県文書」を取り上げた。その際、1年前の「文部科学省文書」とそっくりな構図であることを説明し、最後に、万一事実でなかった場合、メモの提出者と、それを裏取りなしで報道した多くのマスコミの責任は大きいと断じた。

 どうやら、愛媛県文書は事実が書かれていなかったようだ。当事者の加計学園が「誤った情報を与えた」とのコメントを公表したのだ。

 筆者の懸念したとおり、愛媛県文書は書かれている人の確認も取っておらず、証拠能力のある公文書にもならないメモだった。伝聞に伝聞を重ねたようなものだったのだ。文書に書かれている人の確認を取らず、公文書にもならないというのは文科省文書と同じである。

 確認が取れていない文書をそのまま公表したり、マスコミが報じたり、さらには国会で問題視したりすることにどこまで意味があるのだろうか。

 公文書ではないメモを公表するにせよ、書かれている人の迷惑になってはいけないので、その人に事前に確認を取るのが一般常識だろう。

 愛媛県文書も文科省文書もそうした当然の確認行為がないまま公表しており、何らかの意図を持ったものであるといわざるを得ない。その確認をしておけばこのような醜態をさらすこともなかっただろうに。

 そうした文書を報道するためには、裏を取る必要があるだろう。愛媛県文書も文科省文書もともに裏を取るのはそれほど難しいことではないと思われるが、マスコミはそうした当然のことを怠り、あたかも事実のように報道したこともおかしい。

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