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ノーベル賞受賞の本庶佑氏、革命的研究支えた“内助の功”「2度やりたいと思う充実した人生。家族にも感謝」 (3/3ページ)

 馬場氏は従来のがん治療について「『PD-1』が、がん細胞と結合することで免疫を効かなくする。抗がん剤という援軍を入れても、がん細胞も別の贈り物を与えてしまうというイタチごっこだった」と解説する。

 その中で自然の免疫が、がん細胞に立ち向かうような治療法に変えたのが本庶氏だった。「『PD-1』とがん細胞が手を結んで、免疫を効かなくする仕組みをブロックする。その薬剤が『オプジーボ』だ。がん細胞は免疫を無力化できなくなり、免疫ががん細胞に立ち向かって潰していく」と馬場氏。

 阪神の熱烈なファンで、全盛期にハンデ10だったゴルフのほか、ボウリング、テニス、水泳もこなす本庶氏。ワインにも詳しく、徹夜マージャンでは最後まで勝ち続けたこともあるという。

 日本人のノーベル賞受賞者は2年ぶりで計24人。昨年のカズオ・イシグロ氏ら外国籍を含め計27人となった。

 ■アリソン氏と長い交流 共同研究断られた過去も

 本庶氏は共同受賞者のジェームズ・アリソン米テキサス大教授(70)と長い交流があるが、過去には共同研究を断られた苦い思い出もある。

 1980年代、免疫細胞の研究を一緒にやろうと誘うため、米国のアリソン氏の自宅を訪ねたが、返ってきた答えは「他の研究チームと組む」。結局、そのテーマで結果を先に出したのは第三者のチームだった。

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